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第34話

湊人は知らない番号には出ないことにしていたが、一度 着信ちゃくしんが切れたのち、ふたたび同じ番号から着信があった。

「ごめん、ちょっと電話」と珠月に言い置き、少し珠月から離れた場所で通話ボタンをタップした。

「もしもし」湊人はなんだろうと思いながら電話口へ問いかける。

『もしもし…』

だが、電話口から聞こえた声に湊人は思わずディスプレイの表示を見直した。やはり知らない番号だ。電話口から聞こえてきたのは、湊人の知らない太い低い声だった。

「あの…」

湊人はわけがわからず、咄嗟とっさになんと聞けばよいのかわからなかった。いったい誰なのか。

『神林、湊人くん?』

電話口の声が湊人の名前を呼びかける。

「はい、そうですが…」湊人は思わず返事をし、ごくりと唾を飲み込んだ。「あの、だれですか」

『ああ、失礼、わたしは警察けいさつの者ですが、染川拓海くんのご友人、神林湊人くんだね?』

「え、警察っ?はあ、そう、ですが」

湊人は理解できなかった。なぜ警察の人から拓海の名前が出てくるのか、なぜその警察の人から電話が湊人にかかってくるのか。いまだに状況が飲み込めない。

『じつは染川くんはいま、意識不明いしきふめい重体じゅうたいだ』

「は?」

『病院の集中治療室しゅうちゅうちりょうしつにいて、まだ意識が戻っていない』

「いや、あの…、はあ!?」

拓海が意識不明の重体!?病院の集中治療室だって!?

意味がわからない。

「ね、どうしたの?」

湊人のただならぬ様子に、珠月が心配そうに問いかけてきた。

「いや…、ちょっと友達から…」

湊人は通話を一時的にミュートにして珠月へ応えた。

『遅い時間に急で申し訳ないのだが、染川くんのいる病院を伝えるから、いまから来られるかい?』


それから四十分ほどして、湊人は指定された病院の夜間救急外来やかんきゅうきゅうがいらい非常通用口ひじょうつうようぐちをくぐっていた。

あのあと、珠月には急用ができたとだけ伝え、池袋の駅で別れた。時間も時間だったので本当なら珠月を送っていってやりたかったが、ことがことなので「気をつけて帰って」とだけ伝え、別れる形になってしまった。

警察から電話があったこと、拓海が意識不明だということは伝えていない。余計な心配をかけたくないということもあったが、そもそもいまの珠月は拓海のことをまだ恋人だと認知していないからだ。

すでに時刻は二十二時半になろうとしていた。病院の中は薄暗くなっており、一般の面会時間はとうに締め切っていた。

薄暗くなった病院の待ち合いロビーに、スーツ姿のふたりの男性が座っていた。男性たちは湊人に気付くと立ち上がり、背の高いほうの男性が片手をあげた。

「神林湊人くんだね?」

男性はスーツの内側に手を入れ、警察手帳を取り出し湊人へ見せた。警察のマーク、それに男性の顔写真があり、谷原たにはらと名前が記載されていた。斜め後ろに座る背の低い男性も手帳を見せる。こちらもやはり顔写真の下に神楽木かぐらぎと書いてあった。

たしかに二人とも本物の警察官らしい。谷原の方はよく見るとがたいもよく、スーツの上からでも筋肉質きんにくしつな体をしていることがわかった。

もう一方の背の低い男性は腕を組み、しかつめらしい顔をずっとしていた。切れ長の目に整った顔立ちをしているが、眉間にはまるで刻まれたようなシワを寄せている。彼は谷原へ湊人の対応を任せているようだった。

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