第32話

サンシャイン通りの映画館前に到着すると、湊人は上映作品の一覧いちらんながめた。

なるべくすぐに観られそうな時間帯の映画で、珠月好みの映画があるだろうかと思った。だが、珠月がどんな映画を普段から観ていたのか、湊人は知らなかった。また、珠月は記憶をなくしているのだから、例え以前の映画の趣味しゅみを知っていたとしても、それが当てはまるかもわからなかった。

「ね、あれとかどうかな?」

湊人が考えあぐねていると、となりの珠月がひとつの映画のタイトルをゆびさした。

そこには、かつて世界的に有名だったロックバンド、そのボーカリストのドキュメンタリー映画の名前があった。

「北村さん、このバンド好きなの?」

「ううん、きいたことない」当たり前のように言って笑う。「でもこのポスターが気になって」

湊人は珠月のチョイスにおどろきはしたものの、普段ふだん邦楽ほうがくしか聴かない湊人はそのバンドのことを詳しくは知らなかったが、じつはコマーシャルなどの映像からその映画が気になっていたのだった。また、珠月がその映画を選んだことにも意外だったが、上映時間もまもなく始まるらしく、これから観るにはちょうどいいなと思った。

湊人は珠月に同意すると、さっそくチケットカウンターの列に並んだ。

映画のチケットを二枚購入すると、ふたりはエレベーターから劇場のある階へあがった。

映画が始まり、スクリーンに映し出されるライブ映像はまるで当時のバンドのライブを見ているようだった。とくに最後のライブシーンは本当のライブ会場にいるような感覚に襲われ、まさに圧巻あっかんのひとことだった。


映画を観終わり、ふたりが劇場をあとにする頃にはすっかり空が暗くなり、サンシャイン通りは軒を連ねる店舗の明かりとイルミネーションで彩られていた。

湊人は改めて奇跡きせきだなと思った。

いま、珠月と一緒に水族館に行き、映画を鑑賞し、イルミネーションの街をふたりで歩いている。こんな日がくるなんて、湊人は数週間前には想像すらしていなかった。珠月が事故にあったあの日、一緒にパンケーキのお店に入ったことすら奇跡のようだったのに。だが、これは間違いなくデートなのだ。たまたまとか、時間が空いたからではない。ふたりで時間を作り、出かける予定を立て、こうしてふたりで時間をともにしているのだ。

湊人は信じられない思いで池袋の街を歩いていた。

「すっかり暗くなってきたね」

珠月が湊人に話しかけ、湊人はふと我に返った。

「あ、うん。夜はさすがに寒いね」

「そうだね。てかさ、お腹空かない?夜ごはん行こうよ」

湊人はびっくりした。

まさか珠月からそんな提案を受けるとは思っていなかった。

「え、うん、空いてる。北村さんが大丈夫なら」

「じゃあ、けってー。でねでね、わたし、行ってみたいところあったんだ」

珠月はそう言いながら目をかがやかせた。

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