第29話

待ち合わせの時間よりも十五分早く、湊人は約束した池袋駅に到着した。

どこかに腰かけて待とうかと思ったが、気がいているので、ゆっくり待つ気分ではなかったのでやめた。


今日は珠月とデートをするため、湊人はこの場所までやってきたのだった。

先日の経過説明の翌日、珠月に一緒にどこかへ出かけようと話を持ちかけた。記憶喪失とはいえ、珠月も年ごろの女の子だ。ずっと自宅療養というのも苦痛に違いないと思った。そこで湊人は、記憶喪失に対しては今はなにもしてやれないが、外に連れ出すくらいはできるのではと思い、珠月の両親づてに誘いの連絡をした。

珠月はふたつ返事で湊人の誘いをオーケーした。

「じつは、ひますぎて死んじゃうかと思ってた」珠月は笑いながらそう言った。

うさぎじゃないんだから、と湊人は冗談まじりにつっこみを入れ、翌日日曜日の日時と待ち合わせ場所を提案した。


珠月とはふたりで大学の帰りに寄り道したり、ふたりでランチをしたことはあった。だが、それはあくまでも大学が終わってからの時間や、講義の合間でのことだ。こうして休日に約束をし、改めて一緒に出かけるということは初めてだった。

とはいえ、誘った手前、拓海への罪悪感をまったく感じないわけではなかった。拓海の態度にはたしかに腹が立った。それに拓海が浮気をしているのではないかという湊人の疑念ぎねんは変わっていない。だが、記憶をなくす前の珠月にとって、拓海が恋人であることは変わりない。それなら記憶喪失の間だけでも、拓海の代わりになれないかと考えた。

そういった珠月への想いと、拓海への罪悪感、ふたつの相反あいはんする気持ちが湊人の中で揺れ動いていた。

いや、と湊人は首を振った。

ここまできたら、とにかく今は珠月を楽しませることだけを考えよう。

湊人はただ、そう思うことにした。

そうこう考えていると、珠月の姿が改札の向こう側に見えた。その瞬間、湊人はどきりとした。ファーの付いたフードの真っ白なコート、コートの下から覗くピンク色のスカートと、スカートとブーツの間に見える細い足。湊人は珠月のその姿が素直にかわいいなと思った。

「ごめん、待った?」

珠月は湊人を見つけると、少し小走りで湊人のもとへやってきた。

「全然、いま着いたばっか」湊人は早く到着していたことは伏せることにした。「じゃあ、いきますか」

「うん」

そうしてふたりは歩き出した。

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