第23話

翌日、湊人は珠月の病室を訪れていた。

「どう、調子は?」

湊人が珠月に訊く。

「うん、体は大丈夫。記憶はやっぱ戻らないけどね」

珠月はそう言って小さく笑った。

「記憶喪失のことはいまは気にしなくていいと思うよ。まずは北村さんが健康なのが一番だから」

「ありがと」珠月は微笑ほほえむ。「そうそう、体の調子が良いから、先生もこれ以上は入院する理由もないだろうからって、明後日、退院することになったんだ」

「えっ、そうなんだ。それはよかった。じゃあ、これからは自宅療養じたくりょうよう?」

「うん、そう。それで定期的ていきてきに検査があるから、検査にあわせて通院する感じみたい」

湊人はそれを聞いて多少たしょう安堵あんどした。珠月は体だけみれば健康そのものだ。病院のベッドにしばり付けておくより、もっと自由があってもいいのではないかと、湊人も考えていた。

それに自宅に戻れば、以前の生活感せいかつかんや住み慣れた場所での品々を見て、珠月の記憶が戻る可能性も大きいのではないか。

「そういえば、大学には復帰するの?」

湊人は気になっていたことを訊いた。

「ううん、まだしばらくは自宅と病院の往復かな。ほら、勉強の内容とか覚えてないから、いま復帰しても授業についていけないと思うし」

「そっか…、それはたしかに、そうだよね」

湊人はすこし落胆した。湊人としては、珠月とまた大学で一緒に授業を受けられるのを楽しみにしていたのだ。

「たぶん、様子見て先生がおっけーしたら、そのときはまた大学に通えると思う」

珠月はそう言って苦笑いした。

複雑ふくざつだろうなと思った。以前授業を受けていたのは、記憶をなくす前の珠月なのだ。授業内容が真っさらな状態で大学の講義やゼミについていくのは、きっと至難しなんわざだろう。はやく復帰したいという反面、そういった不安がいまの珠月にはあるのだろうなと、湊人は彼女の気持ちを推し量った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る