第21話

湊人は渋谷にあるデパートを訪れていた。

店内には有名なブランドの専門店が並んでおり、行き交う人たちは年齢層ねんれいそうが高く、自分はとんだ場違いの場所に来てしまったのではと思った。

明後日あさって、十二月四日は珠月の誕生日だ。

湊人は前々まえまえから珠月に誕生日プレゼントを買おうと計画していた。そのために先々月せんせんげつからアルバイトのシフトを増やし、プレゼント費用を生活費とは別に捻出ねんしゅつしていたのだった。

いまの珠月は記憶喪失の状態にあるが、誕生日にプレゼントをあげたいという気持ちは変わらなかった。

だが、なにをあげれば珠月は喜んでくれるだろうか。

以前の珠月との会話などを思い返し、なにかヒントがないかと考えた。

湊人はあれこれと考えながら、専門店街を進んだ。化粧品けしょうひん、ハンカチ、財布、キーケース、マフラー、貴金属ききんぞくのアクセサリーなど、順にいろいろな店舗の品物を見てまわった。

しかし、残念ながら湊人は珠月の欲しいと思うようなものを知らなかった。記憶をなくす前の珠月はずっと拓海と一緒にいたし、それこそ本人になにが欲しいかなどと聞けば、すぐに拓海に伝わりそうだと思った。

それに、いざふたりで会えるようになったのは、珠月が記憶喪失になってしまってからだ。記憶のない珠月になにが欲しいかなんて、とても聞けたものではない。記憶の戻った珠月の欲しかったものとイコールとは限らないからだ。


記憶喪失…、ふと湊人は准教授の言葉を思い出す。

北村さんの記憶喪失の原因は、本当に交通事故が原因なのだろうか。准教授はそう言った。

珠月の記憶喪失の原因が交通事故でないならば、いったいなにが原因だというのだろう。

湊人には准教授の質問の意味がさっぱりわからなかった。

あの日、珠月は交通事故に遭い、目が覚めて以来、記憶は戻っていない。であれば、やはり交通事故のショック-外傷性か心因性かは未だにわかっていない-が記憶喪失の直接の原因ではないのか。それ以外にいったいなにが考えられるというのだ。


解離性同一性障害かいりせいどういつせいしょうがいは、先ほど言ったようにトラウマやいじめなど心因性の起因がほとんどだ。症状は似ていても、北村さんが解離性同一性障害の可能性は、かなり低い」

「では、北村さんはなにか別の症状だと?」

「さあね」准教授は首を振る。「ぼくは北村さんの状態を直接確認していない。それにぼくは医師ではなく研究者だから、あくまでも考えられる可能性をあげることしかできない」

「そうですか…」湊人は落胆らくたんした。

「だが、北村さんが解離性同一性障害に近い状態にあることは間違いない。それならば、彼女は交通事故の際に、なんらかの形で、それこそ解離性健忘が引き起こされるくらいの強い精神的ダメージを受けたのは間違いないだろうね」


准教授とのやりとりを思い出してみても、湊人には交通事故が原因以外には考えられない。それ以外に可能性があるとしても、いまの湊人にはそれ以上の答えはわからなかった。

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