第19話

扉を数回ノックすると、どうぞと返事が聞こえた。

「失礼します」

扉に向かい言ってから、湊人は研究室けんきゅうしつの扉を開けた。

「やあ、どうぞ入って入って。ちょっと散らかっているけど」

若い准教授じゅんきょうじゅは、にっと笑って湊人を部屋の椅子に腰掛けるよううながした。

「コーヒーでいいかな?」

准教授は湊人に訊いた。

「あ、ありがとうございます。あの、どうぞお構いなく」

「なに、これくらいのもてなししかできないけど。さ、どうぞ」

准教授はさっそくコーヒーカップを湊人と自身の前に置いて、湊人にすすめた。

准教授のれたコーヒーにくちをつけると、うすいインタントコーヒーの味がした。

「それで、ききたいことっていうのは?」

准教授はさっそく湊人へ用件を訊く。

「はい、あの、記憶喪失についてなんですが…」

「記憶喪失、ほう、どんなことかな」

准教授は両腕を胸の前で組むと、興味を示したように真剣な顔つきになった。


湊人は講義を受けている教授へ、今回の珠月の記憶喪失と珠月の状態に関することについて問い合わせようと、教授の研究室へ連絡した。あいにく教授は講義のあと出かけたということだったが、代わりに助手である准教授が話を聞いてくれることとなった。

そうして湊人はその日の科目を終え、教授の研究室を訪ねてきたのだった。

湊人は珠月の記憶喪失のこと、記憶を失った珠月は印象が違うこと、そして自身の過去の写真を見て自分ではないみたいだと言ったことなどを説明した。

准教授はうんうんと相づちを打ちながら、湊人の説明を聞いた。

「なるほど、ね」准教授は湊人の話を聞き終え、それだけ言うと考え込む素振そぶりを見せた。

「たしかに、記憶を失った人が人格まで変わってしまったという例は、過去にも聞いたことがある」

准教授がほどなくしてそう言ったので、湊人は顔を上げた。

「本当ですか」

「うん。おそらく北村さんの状態は、解離性健忘かいりせいけんぼうからくる解離性同一性障害かいりせいどういつせいしょうがいの症状に近いと考えられるね」

「かいりせい…、なんですか?」

急に難しい言葉が出てきたので、湊人にはさっぱり理解できなかった。

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