第17話

翌日、湊人は講義が終わるのを待ってから、廊下で拓海へ声をかけた。

「拓海、話があるんだけど、今いいか?」

「なんだよ、急いでるんだ。また今度じゃダメか」

拓海は湊人のただならぬ様子になにかしらを察知さっちしたらしく、湊人の誘いをことわろうとした。

「すぐに終わる。ここじゃなんだから、食堂に行こう」

だが、湊人は有無を言わさぬ口調くちょうで言った。

拓海はちっと舌打ちをした。

「ったく、仕方ねえな。いいぜ」

そうしてふたりは食堂まで歩いた。食堂に着くまでの間、湊人は口を開かなかったし、拓海もなにかを話しかけてくる様子もなかった。


「で?なんだよ、話って」

食堂に着き、テーブルに腰掛こしかけた拓海は多少の苛立いらだちを隠そうとせずに湊人へそう訊いた。

「昨日、拓海、女の人と会ってただろ。アレ、誰だよ」

湊人は率直そっちょくに訊く。

「ああ?湊人にそれがなんの関係があんだよ」

「いいからっ、答えろよ!」

湊人はさらに拓海へ問い詰める。

「二年の河瀬真琴かわせ まこと、それが?」

拓海はたじろぎもせず、頬杖ほおづえをついたままで答えた。かわせまこと…、湊人はその名前を初めて聞いた。知らない人だった、それに上級生だ。

「拓海との関係は」

「だから湊人には関係ないっつってんだろっ!」

拓海はこらええかねたように怒鳴どなり声をあげた。「ただのダチだよ、ダチ!ひとを待たせてんだ。もういいか?」

そう言いながら拓海は腰を上げた。

待たせているというのは、その河瀬さんのことだろうか。

「北村さんのことは?もうどうでもいいのかよっ!」

湊人も立ち上がり拓海へ向かって言った。

ただの友達?記憶喪失の珠月をほったらかして?その友達の女とは会っていただって?

湊人には拓海の言ったことが到底信じられなかった。

「うるっせえよっ!余計なお世話なんだよ!」だが拓海も引かない。「だいたい湊人はいっつもそうだ。お節介せっかいばっかりで、そういうのウザいっつーのっ!なんにも知らないくせによぉっ!」

「なにも知らない、なにも知らないって、この前からそればっかりじゃんかよ!それならいまの北村さんがどんな状態か、拓海は知ってんのかっ!」

「ああ、知ってるよ!彼氏の顔を忘れたってことくらいならなっ!」

「はあ!?なんだよ、それ…」

拓海の言葉に、湊人は怒りを通り越して落胆らくたんした。これが不幸にも事故に遭い、記憶を失くしてしまった彼女に対する言葉なのだろうか。

「もういいだろっ!これはおれと珠月、ふたりの問題なんだよっ。関係のない湊人がくち出ししてくることじゃない!ほっといてくれよっ」

湊人はもはや次の言葉が出てこなかった。

拓海の言葉にもショックを受けていたし、なにより湊人としてはいちばんかれたくない部分を突かれてしまったのだ。

確かに恋愛は、どんなに他人がくち出ししようとも、最終的には当人とうにんたちふたりの問題なのだ。それは湊人自身にも重々じゅうじゅうわかっていた。

拓海の言葉と態度、それに第三者としての立場でしかいられない自分。そのすべてが湊人から拓海へ反論はんろんする力をうばい取ってしまった。

「悪いけどおれ、もう行くわ。じゃあな」

拓海はそう言い捨てると、食堂をあとにしていった。

湊人には拓海を追いかける気力もすでに失せていた。ただ怒りとやりきれない思いだけが行き場を失い、湊人のこぶしふるわせていた。

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