第16話

自宅に帰った湊人は、ずっと今日見かけた拓海とあの女性のことを考えていた。

拓海はもしかしたら浮気うわきをしているのではないのか。

湊人の考えは、ほどなくそのひとつの答えにたどり着いた。

あまり考えたくないことだった。だが、それはもはや疑惑ぎわくの雲となり湊人の中に大きく渦巻うずまいていた。そして、それは湊人にとって間違いないという確信かくしんに変わっていった。

彼女が記憶喪失になり、恋人である自分のことさえわからなくなってしまった拓海にとって、支えてくれる存在そんざいが別にできてしまったのだ。

それならば果たして、これは珠月に伝えるべきだろうか。だが、湊人は首を振った。

こんなこと、珠月には口がけても言えない。

それにいまの珠月にこれを伝えたところで、拓海のこと自体を認知にんちしていないのだから、珠月には、だからどうしたのだということになるだろう。

そう、いまの珠月には、だ。

だが、それを伝えたその後、珠月に記憶が戻ったとしたらどうだろうか。

記憶が戻った珠月は、きっとショックを受けるに違いない。ずっと記憶をなくし、やっと記憶が戻ったと思ったら、彼氏が浮気をしていたなんて、珠月にはがた苦痛くつうではないのか。

やはり珠月には伝えるべきではない。

湊人はそう決め、このことは自身の胸にしまうことにした。そして、それは代わりに拓海へのいきどおりへとなっていった。

拓海はいいやつだ。だが、こればかりは到底とうてい、納得がいかない。珠月はただ事故に巻き込まれ、不幸にも記憶を失くしてしまっただけなのだ。その珠月に対して、浮気など言語道断ごんごどうだんではないか。本来ならば、珠月に誰よりも付き添ってやることが、恋人である拓海の役目であるはずだ。

とにかく明日、拓海を問いただそう。

まずは拓海のしていることの確実な情報が必要だと湊人は思った。

湊人は、自身の考えがただの早とちりであってくれることを祈りながら、その日は眠りについた。

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