第15話

それから少しベンチで会話をしてから、ふたりは病室に戻った。

湊人には珠月と過ごす時間がまるで夢のように感じられた。


珠月と別れて、病室を出たあとも先ほどの珠月とのひと場面を繰り返し思い出していた。拓海には悪いなと思いながらも、湊人はこんな機会でもない限り、珠月とあんなふうに過ごすことは後にも先にもきっとありえなかっただろうと思う。

湊人は多少の罪悪感ざいあくかんを感じながらも、珠月と過ごすひと時に至福しふくを感じずにはいられなかった。


翌日、湊人は大学の講義を終え、帰宅しようと構内を歩いていた。

「あ、カンちゃんっ」

声をかけられ振り返ると、三上由乃が手をあげていた。

「おつかれ。三上、いま帰り?」

「そ、これからバイト」由乃はそこで急になにかを考えこむような顔をした。

「そういえばさ、カンちゃん、みづきのお見舞いいった?」

「あ、うん、行った。北村さん目が覚めてよかったよ。記憶がないっていうのはびっくりしたけど」

「そのことなんだけど…」由乃は言いよどむ。「えっと、あれ、みづき、なんだよね?」

「え?」湊人は由乃が言った意味が理解できなかった。「どういうこと?」

「うん、なんていうか、目が覚めたみづきは、みづきっぽくないっていうか、みづきと話してる感じしないっていうか」

「それは記憶がないから、仕方ないんじゃないかな」

「うーんと、そういうんじゃなくて…、もうちょっと、むつかしいんだけど…。とにかく、みづき元気そうだし、あたし、みづきの記憶が戻るまでお見舞いはやめとくね」

由乃がそんなことを言ったので、湊人はやはり意味がわからなかった。記憶がなくとも、珠月は珠月ではないのか。

そこで由乃は腕時計を見て「あ、ヤバっ」と言った。

「ごめん、バイト行かなきゃだから、またねっ」

そういうと、由乃は小走りに玄関口へ駆けていった。

いったいなんだというのだろう。


そのとき、由乃が出ていったすぐ後、玄関口へ向かう拓海の後ろ姿が見えた。湊人は珠月のことを思い浮かべ、やはり拓海には例え記憶が無くても珠月に会ってやってほしいという気持ちがあった。

湊人は拓海へ声をかけようと、急ぎ足で拓海の後を追った。

あと数メートルで追いつくという、そのときだった。

拓海は玄関口を出て、すぐにななめ向かいの方向へ手をあげた。拓海が手をあげた先には、湊人の見知らぬ女性が拓海に向かって近寄ってくるところだった。声をかけようとしていた湊人は、その場でこおりついたように立ち止まった。その間に拓海と女性は、ふたりで並びながら大学の門をあとにしていった。

いったい今の女性は誰なのか。歳はあまり離れていないように見えたので、おそらく同じこの大学の学生なのだろうと想像した。だが、いつの間に拓海はあの女性と仲良くなっていたのだろう。いや、それよりも二人の関係はいったいなんなのか。湊人には、ふたりはとても仲が良さそうに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る