第14話

自動ドアをくぐると、冷たくなり始めた風がふたりの頬をかすめた。

十一月も下旬になり、ずいぶんと秋の気配が深まっていた。病院の中庭に植えられた木々はすっかり紅葉し、葉を枯らし始めていた。木々の根本には落ち葉が降り積もっている。

珠月は隣りで、わざとらしいくらいの深呼吸と伸びをしてみせた。

「やっぱり、外の空気は違うね」

珠月は清々すがすがしい気分のようで、病室にいるときよりも元気を取り戻しているように思えた。

ふたりは中庭の真ん中にそびえ立つ、いちばん大きな銀杏いちょうの木の前にあるベンチへ並んで腰かけた。

「けっこう寒くなってきたね」

湊人が言うと、

「そうなんだ。ずっと病室にいたから全然知らなかった」

珠月は肩をすくめる。

「あ、そか、ごめん。やっぱり…まだなにも思い出せない?」

「うん…」

「そっか」

「なんでだろうね」珠月は苦笑いを浮かべる。「だって、こうして神林さんと普通に話ができてて、体だって全然元気で、それに昨日のことだったらちゃんと覚えてるのに。でも、三週間より前のことになると、なんにも思い出せない」

三週間前とは、事故にあって珠月が目覚める前のことだ。

「…そういえば、このあいだ記憶してる場所がとか、そんな説明してくれてたよね」

「うん、した。記憶をしてる脳の場所が違うってやつだね」

「へええ。ね、それ、詳しく聞かせて」

「うん、おれでわかることなら」湊人は少し考え、説明し始めた。「そうだなぁ、言葉とか動作とか、意識しないでできることは手続き記憶といって、思い出とか感情とかの記憶は、エピソード記憶っていうんだ。それで、これらの記憶は脳のそれぞれ違う部分を使って作られてる。だから、北村さんがいま記憶が無くてもおれとこうして会話ができていたりするのは、北村さんが失っている記憶とは別の部分にある記憶が機能しているからなんだよ」

「へええ、そうなんだ。神林さん、詳しいんだね」

「神林くん、でいいよ」湊人は言う。その方がしっくりくる。

「わかった、じゃあ、神林くんね」

「まあ、記憶の話は大学の講義の受け売りなんだけど。だから、簡単に言うと言葉とか動作は体が覚えているっていう状態だね」

「ふうん。ね、その講義って、わたしも受けてたの?」

「うん。あ、でもこの講義を受けるようになったのは後期からだから、つい最近で、北村さんが一緒に講義を受けたのは最初の回だけだよ」

湊人は、その講義に拓海も一緒に受けていたことは言わないでおくことにした。そして、その講義のあとに事故にあったということも。

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