第13話

「あの、さ」

湊人は珠月と話しながら、頃合いをみてその話題を切り出した。

「あれから拓海、会いにきた?」

「拓海、さん…」

珠月はすこし考えこむような仕草しぐさをした。

「それって、わたしが目が覚めてからすぐに会った人?」

珠月の言い方は、完全かんぜんに第三者に対するそれだった。その時点で湊人には珠月の回答は明白めいはくだった。

「ううん、一度も。なんか、こわい人だったな…」

「そっか、そう、だよね…」

湊人は珠月の答えに落胆らくたんした。

拓海はなぜ珠月に会いに来ないのか。やはりこの間のことがショックだったのだろうか。

それでも好きな相手ならば、例え記憶がなくても会いに来てやるものではないのか。湊人自身がそうであるように。だが、拓海の気持ちはいまの湊人には計り知れなかった。湊人にはふたりが過ごした時間を知らないのだ。

「ねえ、えっと…、神林さん」

不意ふいに珠月が湊人へ話しかける。記憶をなくした珠月がはじめて湊人のこと呼んだのだった。

「あ、うん、なに?」

湊人はたしょう動揺どうようしながら訊き返す。

「わたし、外に出てみたい。ずっとここにいると、なんだか息詰いきつまっちゃいそうで」

珠月はすこし照れながらそう言った。珠月はあんに湊人に外へ連れ出してほしいと言っているのだ。

確かにそうだろうと湊人は思った。

珠月は体力はすっかり回復し、身体は健康そのものなのだ。同じ部屋のなかにずっと居続けるほうが苦痛くつうというものだ。

「わかった。じゃあ、病院の庭を散歩しよう。それくらいなら大丈夫だと思うから、担当の先生に聞いてみるよ」

「ほんと?それでも全然いい。外出られるの、嬉しいな」

珠月は無邪気な様子で言い、表情を明るくした。

湊人は自身で言った手前、これはデートの誘いになるのだろうかと考え、すぐに考えることをやめた。

たかが散歩じゃないか。それに、いまは珠月が喜ぶのなら、それでいい。

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