第11話

「ね、もっといろんなことを教えて。記憶なくす前のわたしって、どんなだった?」

珠月は湊人へそう言って、以前の珠月自身のことを知りたがった。

「うーん、まえって言っても、おれが知ってる北村さんは、大学生になってからだよ。高校は同じだったけど、その頃はまだ話をしたこともなかったし」

「ふうん、そうなの。どうして?」

珠月は不思議そうに湊人へ訊く。

「その頃はまだ、北村さんと友達じゃなかったから。三年生でクラスは同じだったけど、話したことがなくて。で、大学で講義が一緒になって、初めて話したんだ」

「へえ、そうなんだ」

珠月は意外そうにいった。

「高校の頃の北村さん、男子からモテてたからなぁ。だからあんまり話しかけるタイミングなかったっていうか」

「ふうん」

凑人は冗談っぽくいったが、珠月はぴんときていない様子だった。


珠月は運動神経うんどうしんけいも良く、三年生の体育祭ではバトンタッチリレーの選手に選ばれ、珠月の活躍もあり湊人のクラスは学年一位になったこと。美化委員になり、クラスに植物を飾ることを先生に許可を得て、クラスの雰囲気ふんいきを変えたこと。そんな何気ない高校生当時の珠月の印象を、湊人は珠月へ話して聞かせた。

珠月は話を聞くあいだ、まるであこがれの芸能人の昔話でも聞くように、目を爛々らんらんと輝かせ自身の過去の話を聞いていた。

時折、笑いを交え「それでそれで?」と湊人へ続きをうながし、そんなふうにしてふたりは話を続けた。

湊人には、こうして珠月とふたりでゆっくり話せる時間が嬉しかった。

最近では拓海を含め、三人でいることの方が多かった。それに拓海と付き合ってからは、湊人はふたりと別れて、ひとり帰宅することの方が多かったのだ。そのあと、ふたりがどれだけ幸せな時間を過ごしたかと考えると、拓海がうらやましくて仕方なかった。


そのとき、ふと湊人の頭に黒い考えがよぎった。

このまま珠月の記憶が戻らなければ、おれはこうして珠月と一緒に居られるのではないか。それに、いまの珠月には拓海がわからないのだ。それならば、おれにもチャンスがあるのではないのか。

だが、そう思った直後、湊人は自身をばかだとののしった。

おれはいったいなにを考えているのか。それに、それは拓海を裏切うらぎる行為に他ならない。そんなこと、できるわけがない。

拓海は友達だ。例えいまは珠月にその記憶が無くても、珠月の恋人には違いないのだ。それは、本来の珠月を裏切ることにもなり得る。

「どうかした?」

珠月が湊人の顔色を伺い、そう訊いた。

「あ、いや…、なんでもないよ」

珠月には絶対に自身の気持ちを悟られてはならない。湊人は珠月に答えながら、そう誓っていた。

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