第8話

湊人と珠月の両親は、病室の前のベンチに座らされ、医師から説明を受けた。

「おそらく、一時的な逆行性健忘ぎゃっこうせいけんぼうでしょう。外傷性がいしょうせいによるものか、心因性しんいんせいによるものかは分かりませんが。どちらにしても、検査をしながら様子を見ましょう」

医師はそう小難こむずかしい言葉で説明した。

要するに、珠月はいま、記憶喪失きおくそうしつということらしい。医師の言う外傷性か心因性か分からないというのは、事故によって直接頭に衝撃しょうげきを受けたことによる記憶喪失か、事故によって受けた極度きょくどのストレスによる記憶喪失なのかが不明ということのようだった。

珠月の記憶喪失は重いようで、珠月の両親はもちろん、珠月自身のことさえ認識できていないらしい。医師曰く、いわゆる全健忘ぜんけんぼうという状態らしかった。

湊人にはそういった詳しいことはさっぱりだったが、とにかく珠月の目が覚めたことで、ひと安心をしていた。

記憶はいずれ戻るだろう。とにかく珠月の意識が回復したことが奇跡みたいなものなのだ。


しばらくして拓海が到着した。

「湊人っ」拓海はあがる息を抑えて問う。「珠月はっ!?珠月は大丈夫なのかっ」

「拓海、落ち着けよ」

湊人はそう言って拓海をなだめた。そうして、先ほど医師から受けた説明をかいつまんで拓海へ伝えた。

「ウソだろ…、珠月が記憶喪失だなんて」

湊人は拓海の言葉にかぶりを振る。

「本当なんだって。北村さんはいま、自分の両親の顔だって分かっていない状態だ」

「そんな…」愕然がくぜんとした表情をした拓海はかぶりを振りいう。「いいや、おれのことなら分かるはずだ。珠月がおれを、忘れるわけない」

拓海はそう言って、両親へ珠月に会わせてほしいと懇願こんがんした。同席する医師に両親は了解を得て、拓海を病室の中へ案内することにした。


病室には拓海と連れ添って湊人と珠月の両親も一緒に入室した。

恋人の顔を見ることで、娘がなにか思い出すきっかけになってくれたらと、珠月の両親はそう願っているようだった。

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