第7話

それからさらに二週間が過ぎた。

休日には湊人は珠月の病室に顔を出すようにしていた。その間、珠月の様子は変わることなく、やはり眠り続けていた。

湊人が病室を訪れる間、拓海は一度も顔を見せることがなかった。また、珠月の見舞いに誘おうと電話をかけても、拓海は電話ごしに、今日は行けないと言った。大学で直接声をかけても「今日はちょっとな」と言葉をにごし、やはり珠月の見舞いに応じることはなかった。

せめて自分が訪れていない時にでも、顔を出してやってくれていればいいのだが…。

だが、あの様子ではおそらく拓海は珠月の見舞いには来ていないだろうなと思い直した。


いったいいつまでこんな状態が続くのだろう。

湊人はつい先ほどまで一緒にいた珠月の両親の気持ちを思った。

たったひとりの愛娘が、いつ目覚めるともしれない状態なのは、ふたりのどれだけ負荷ふかになっているのだろう。

それに、これだけ目が覚めない状態が続くのであれば、やはりこのまま植物状態となってしまうのではないのか。また、奇跡的に目覚めたとして、そのときに珠月になんの後遺症こういしょうも残らないという保障ほしょうが、どこにあるのだろうか。

どちらにしても、両親には辛いだろうなと湊人は思った。だがそれは、湊人自身にとっても辛いことだった。


そのとき、一瞬、湊人には珠月の指がぴくりと動いたような気がした。

湊人は自身の目をうたがった。だが、すぐにかぶりを振った。

まさか、な…。

そう思い、珠月の顔を見た湊人は、気づいた。


珠月の目が、開いている…!


一瞬、思考が遅れ、はっとした湊人はすぐにナースコールを押した。

『どうしましたか?』

スピーカーから女性の声が問いかける。

「早く来てください!北村さんの、目が開きましたっ。早く医師を!」

湊人はナースコールのマイクに向かい、叫んだ。

「北村さんっ!わかるっ!?」湊人はナースコールを終えると、今度は珠月に呼びかけた。「おれだよっ、神林!わかるっ?」

珠月はひとみを湊人へ向ける。だが、返事をしなかった。

珠月の口もとがかすかに動く。しかし、声にならない。なにかを言いたかったのだろうか。

そのとき、医師と看護師が数名、どやどやと病室に押し入ってきた。その後ろから珠月の両親も入ってきて、「珠月っ!ああっ、よかったっ!珠月っ!」と呼びかける。だが、やはり珠月の反応はない。

人工呼吸器じんこうこきゅうきが外され、医師が珠月に問いかけを開始する。ライトの光を目に当て、瞳孔どうこう収縮しゅうしゅくを確かめる。まぶしいのか、珠月は目を細め、顔をしかめる。

珠月には、たしかに意識が戻っていた。

湊人は信じられない思いだった。

奇跡だ。ほんとうに奇跡が起きたのだ。

もう目覚めないかもしれないとさえ言われた珠月が、いま確かに目を覚ましている。

そこで湊人は気づき、病室を飛び出した。そうして廊下でスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「拓海っ!北村さんが、北村さんが目を覚ましたんだっ!病院に来られるかっ!」

電話越しの拓海は、

『え、ほ、本当かっ!?珠月が目を覚ましたって!?わかった、すぐに行くっ!』

興奮こうふんした様子でそう言って、電話はすぐに切れた。

珠月に拓海が来ることを伝えよう、そう思い病室へ再び入った。

だが、湊人はすぐにその違和感いわかんに気づいた。

なにかがおかしい。

久しぶりに目覚めた珠月の様子が、変なのだ。

両親の問いかけに、なにも答えない。

やがて静かになったあとに、珠月が口を開いた。

「あの…、ここ、どこですか?病院?あの、わたし、誰ですか?」

湊人は珠月の言葉に耳を疑った。

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