第6話

それから三日が過ぎ週末になり、湊人はふたたび珠月のいる病院を訪れた。

病室前の廊下で湊人は同じ大学に通う同級生、三上由乃みかみ よしのと出会った。

「あ、カンちゃん」由乃が湊人に気づく。「カンちゃんもみづきのお見舞いにきたんだ。そっか、ソメとカンちゃん、みづきと仲良いもんね」

「三上、来てたんだ」

由乃は珠月とは仲が良い同期の女子だ。大学ではふたりが一緒の場合と、湊人と拓海と珠月の三人でいる場合とがある。

じつのところ、由乃はあまり拓海とは仲が良くなく、ふたりが一緒にいることはあまりない。一度、由乃に理由を聞いてみたところ、自分と似たところがあり、とっつきにくいのだといった。湊人にはその理由はよくわからなかった。

「北村さん、やっぱりまだ目、覚ましてない?」

湊人が由乃へ聞くと、由乃はこくりとうなづいた。

「だめだね、なんだか本当にこのまま目覚めないのかもって考えちゃう」

そういうと由乃は悲しそうな表情になった。

湊人にはその気持ちが痛いほどにわかった。

あれからも相変わらず珠月は目を覚まさないままのようだった。


病室に入り、ベッドの脇に立った。

眠っている珠月の顔立ちはとても綺麗で、声をかけてやれば目を開けてくれそうだと思った。だが、珠月の名前を呼んでみても、やはり反応はない。

まるで眠れる森の美女だな。

皮肉にも湊人は思った。王子様のキスで珠月が目覚めるのであれば、早くその王子様とやらが現れて欲しいと思った。湊人には、残念ながらその役目は自分でないことはわかっていた。


いま思えば、幸せな日々だった。

拓海と珠月と三人で一緒にいた日々。

夏は花火大会に行き、花火のあとに川辺でコンビニで買ってきた飲み物とスナック菓子をつまみながらだべった。

夏の終わりになり拓海と珠月が付き合い始めてから、回数は減りはしたものの、大学で三人でいることは変わらなかった。

拓海をうらやましく思うことも度々あった。だが、珠月のそばに居られる、湊人にはそれだけで十分だった。たとえその笑顔が拓海に向けられたものだとしても、湊人はそれでもよかった。

そう、それでもよかったのだ。

珠月が目覚めない今となっては、それでもどれだけ幸せだったことか。

叶うなら、もう一度目を覚ましてほしい。

湊人は心の中で祈った。

北村さん、頼む、もう一度目を開けて、笑ってくれ。お願いだ。叶うなら、おれが代わりになったって構わない。拓海とまた幸せそうに笑ってくれるなら、おれの命なんていくらでも引き換えるのに。だから、お願いだ。もう一度、目を覚ましてくれ…。


湊人の祈りもむなしく、珠月はただ呼吸だけを繰り返して眠り続けていた。

こんな時に、なぜ拓海は珠月のそばに居てやらないのか。

湊人は拓海へいきどおりを覚えていた。

病院へ向かう前の金曜日、大学で講義終わりに拓海へ声をかけた。そして一緒に珠月のお見舞いに行こうと誘った。だが、拓海は首を左右に振った。

いまはただ珠月に会うのが辛いと拓海は言った。そばに居たところで、なにもしてやれないのだと。

湊人は拓海へ言った。

今はそうかもしれないけれど、奇跡的きせきてきに目覚めるかもしれないだろう。そのとき、拓海にそばに居てやってほしい、と。しかし、それでも拓海は首を横に振る。

「医者だって言っていた、外傷がいしょうがあの程度で済んだことが奇跡だったって。もうそんな奇跡は起きないよ」

そう拓海が言った直後、湊人は反射的に拓海へ叫んでいた。

「なんでそんなこというんだよ!そんなんまだわかんねえだろっ!」

だが、拓海は「お前にはわかんねえよ」、そう吐き捨てて、湊人に背を向けたのだった。結局、拓海はその日、病院へは来なかった。

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