2
第5話
目的の病室に到着すると、病室の前の長椅子に拓海がひとり座っていた。
「拓海…、き、北村さんは…?」
湊人はあがる息を
拓海が湊人を見上げたが、拓海はすぐに首を左右に振った。
「命に別状はないって。でも、事故ってからずっと目を覚まさないんだ」
湊人はその言葉に、深いショックを受けた。
「声はかけてみたのか?」
「いや、面会は家族だけだって。いま、彼女の両親が付き添ってる」
「
「
そこまで言い、拓海の声は最後は消えるようにして
このまま目覚めないかもだって?それは、北村さんが
湊人は意味がわからなかった。
つい数時間まえにふたりでパンケーキを食べたばかりなのに。笑顔でパンケーキを食べていた珠月の姿が浮かぶ。その珠月が、このまま目覚めないかもしれないだって?
湊人の中に、不思議と悲しみは湧き上がってこなかった。いや、受け止められていないのだ。湊人にはまだ、これが現実の出来事だとは
しばらくふたりで長椅子に腰掛け、無言のまま座っていた。
呼吸が落ち着いてくると、今度は湊人の
大学に入り珠月と話すようになってからのことはもちろん、話しかける勇気がないまま、ただ遠くから見つめていただけの高校時代までも。
このまま北村さんが目覚めなかったら……。
そう考えると湊人は居ても立ってもいられない気持ちだった。
すると病室のドアが開き、ふたりの中年の男女が出てきた。珠月の両親だろうと思った。どことなく珠月の
湊人は、あたし、ひとりっ子だから、そう言った珠月の言葉を思い出していた。
両親ふたりにとって珠月は、かけがえのないたったひとりの
「ええと、染川くんと言ったね。そちらは?」
珠月の父と
「珠月さんと同級生の神林です」
湊人は手短かに自己紹介し、頭を下げた。
「ふたりとも、わざわざありがとうね。よかったら、珠月に声をかけてやってちょうだい」
そう母親が言うと、ふたりはしばらく席を外すことを湊人たちへ告げ、廊下を奥へ歩いていった。
本来、珠月の状態であれば
ふたりはおそらくこれからどうすべきかを話し合いたいのだろう。無理もない、湊人自身でさえ受け入れられないのだから、親ともなればなおさらだ。
病室に入ると、ベッドの上には珠月が眠っていた。鼻や腕には管が
生きている、というよりも、命を繋がれているという表現が正しいような姿だった。
眠る珠月の顔立ちは思ったよりも
「珠月…、なあ、聞こえるか?目ぇ、覚ましてくれよ…。なあ、おい、珠月」
拓海が弱々しい声で恋人へ呼びかける。
しかし返事はない。ただ病室には珠月の生存を伝える電子音が
どうして、北村さんがこんなことに…。
湊人は自身を責めずにはいられなかった。
パンケーキの店なんかに寄らなければ、珠月をちゃんと家まで送ってやっていれば、こんな事故は起きなかったのだろうか。そんな思いばかりが湊人の頭に浮かんでいた。
「北村さん、ねえ北村さん」湊人も珠月へ呼びかける。「起きてくれよっ、なあってばっ」
湊人は珠月へ呼びかけるうちに、涙が溢れていた。
だが、湊人の呼びかけも
それからしばらくして、珠月の両親が部屋へ戻ってきた。
「ふたりとも、もう遅いから、今日のところは帰りなさい。明日も授業があるだろうし」
珠月の父はふたりへそう言い、湊人と拓海はそれに従い帰宅することにした。
「また来ます」
湊人は両親ふたりへ言って、病室を出た。
霧のような雨が降り続き、外の景色はぼんやりと
病院をあとにすると、大通りに出てタクシーを拾い、拓海とふたりで乗り込んだ。拓海は運転手へ自身の自宅住所を告げると、あとはすっかり黙り込んでしまった。湊人は拓海にかける言葉が見つからず、ただタクシーの車窓から流れていく雨に
過ぎ去っていくビルの明かりや軒を連ねる家々を見つめながら、珠月のことを思った。
珠月は、本当にこのままもう目覚めないのだろうか。
湊人は拓海に悟られないよう、そっと目尻を拭った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます