第3話

大学の建物を出ると冷たい風が吹いていて、湊人は思わず身をすくめた。

そういえば今夜は雨が降ると、朝の天気予報が伝えていた。秋の雨が降ったあとは、一段と寒さが増す。冬はもうそこまで近づいていた。


冬か……。


ハロウィンが終わり、この季節になるとクリスマス一色に街は彩りを変える。

拓海と珠月は、どんなクリスマスを過ごすのだろう。

湊人はそんなことを考え、すぐに首を振った。

余計な考えは嫉妬しっとしか生まない。それは湊人とふたりとの仲を邪魔じゃまするだけだ。

湊人は珠月への想いをどうすれば諦められるのかを、ずっと探していた。だが、そんなものは珠月の近くにいる限り、見つかるはずもなかった。

「うわ、さっむ」

珠月が身をすくめながら言うと、

「あー…、今日の夜から雨だっけ。だりいな」

拓海がぼやく。

「ふたりはこのあと、どこか寄ってくのか?」

湊人はなんとなくを装い、拓海にそう訊いた。

「いいや、今日、おれはちょっと用事あるから、さき帰るわ」

拓海は意外にもそう答えた。

「なんだ、そうなのか。じゃあ北村さんは?」

湊人は珠月にも尋ねると、

「んー、あたしも夜はちょっと友達に会うけど、それまではなにもないから、今日はこのままいったんうちに帰ろっかな」

珠月は考えながら言った。

「じゃ、おれ、ちょっと急ぐから。わりい、湊人、珠月のこと頼むな」

拓海がそれだけ言うと、ふたりに手をあげてから、小走りに大通りの方へ向かっていった。

拓海にしては珍しいなと湊人は思った。

大学の授業のあと、拓海と珠月はふたりで帰り道にデートをすることが多かった。

今日はどうやら、そうではないらしかった。

「うちらも帰ろっか」

珠月は湊人に言った。

「ああ、そうだね」

湊人は偶然にも珠月と二人きりになれたことを心の中で喜んでいた。こんなことは滅多めったにないことだ。だが、湊人はすぐにむなしくなった。珠月はすでに拓海の彼女なのだ。彼氏が知らない相手であれば、こういった機会をチャンスだと思うこともあったのかもしれない。だが、湊人には親友を裏切ることはできない。湊人はそういう性格だった。


珠月と並んで大通りを駅に向かって歩いた。

この間あった学園祭の話、ゼミの話、昨日見たテレビの話など、他愛もない会話をふたりでした。

「そういえばさ、駅前に新しいパンケーキの専門店できたんだよね。もう食べた?」

唐突とうとつに珠月がそんなことを訊いてきた。

「まだ行ってないよ。それに、行きたくてもそんなところ、おれひとりじゃ入れないし」

湊人は冗談混じりに珠月へ言う。だが、それは本心でもあった。

湊人はじつは大の甘党だ。しかし、パンケーキの専門店ともなれば、女の子同士やカップルが入るような場所なのだろうと容易に想像できる。そんなところに大学生の男子がひとりで入るなど、とても恥ずかしくてできたものではない。

「じゃあ、あたしと一緒なら、入れるんじゃない?」

珠月が突然そんなことを言うものだから、湊人はびっくりして珠月の方を振り返った。

「え、そりゃあ…、いいけど。でも大丈夫なの?拓海と行けばいいのに」

すると、珠月はふふっと笑った。

「だって、拓海は甘いもの苦手だから、ぜったい一緒に行ってくんないよ。それにちょうど小腹が空いてきたとこだったし」

そういえば、拓海がそんなことを前に話していたのを思い出した。彼は甘いものが苦手だ。

また、湊人が甘いものをおいしそうに食べていると、拓海に「女子かよっ」とその度につっこまれていたのだった。

「時間あるなら、食べてこ。あたしは今のところ急いで帰る用事もないし、夜の予定まではぜんぜん時間に余裕あるから」

珠月はさらに言うので、湊人は「それなら、うん、いいよ、行こうか」と応えた。

内心は舞い上がるくらいに嬉しかったが、湊人はそれを顔に出さないよう努めた。

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