第2話

「湊人、おい、湊人っ!講義、終わったぞ。起きろっ」

拓海の声に、湊人がびっくりして顔をあげると、ぱらぱらと学生たちが講堂をあとにし始めていた。

「やばっ、おれ、いつから寝てた?」

湊人が目をこすりながら拓海へ訊くと、「知らねえよ」と拓海はため息まじりに言った。

「そんなにきついなら、バイト断ればよかったのに」

珠月も呆れながら湊人へ言う。

「うん、まあ来月の出費を考えると足しにしたくてさ」

湊人はそう言いながら、しまったと思った。

「来月?なんかあるのか」

拓海が訊きかえすと、湊人は「あ、いや、まあちょっとな」と誤魔化ごまかした。

来月は、じつは珠月の誕生日だ。だが、なにかプレゼントをあげようと思っていることは、ふたりには内緒にしていた。とくに拓海には。

拓海と珠月は一か月前から交際を始めていた。


湊人は珠月とは元々、高校生のときからの知り合いで、ふたりは同じ高校に通っていた。だが、高校生当時は珠月とは一度も面と向かって話をしたことがなかった。

それから受験期間を経て、偶然ぐうぜんにも湊人と珠月はおなじ大学へ進むことになった。これには湊人もおどろいた。数ある都内の大学のなかでも、おなじ大学を受験し受かるなんて、こんな偶然もあるものなのかと思った。

やがて高校を卒業し、大学へ入学した。

「たしかおんなじ高校だった神林くん…だよね?」そう言って珠月から話しかけてくれた時は、湊人にとって夢のような出来事だった。

じつのところ、湊人は高校生の頃からずっと珠月へ想いを寄せていたのだ。だが、その気持ちを言いだす機会は、高校生のあいだに訪れることはなかった。そのため湊人自身は当時は高校卒業とともに、その片想いをあきらめるつもりでいた。しかし、珠月と偶然にもおなじ大学に入り、珠月から話しかけてくれたことで、湊人はこれは大きなチャンスだと思った。

まずはもうすこし友達として仲良くなろう、そう湊人は決めて、最初は緊張しながらもすこしずつ珠月と話をするようになっていった。幸い出身校がおなじということで、共通の話題はいくらでもあった。

湊人はこのまま珠月と仲良くなり、頃あいを見計らって自身の気持ちを珠月へ告白しようと計画していた。

だが、湊人に予想外のことが起こった。

「なあ、北村さんっていい子だよな。おれ、彼女に告白しようと思うんだ。湊人はどう思う?」

拓海からそう相談を受けたのは、一か月半前の夏の終わりごろだった。

拓海とは大学に入ってから知り合った。はじめて見た拓海の印象は、なんだかチャラいやつだなと思ったが、気さくな性格の拓海は話しやすく、湊人はすぐに打ち解けた。

拓海と話すきっかけになったのは、最初のゼミがおなじクラスで、そのときたまたまとなりの席になったことだった。湊人が緊張し、発言に戸惑っているところを拓海がフォローした。それによって湊人はそのあとの発言をスムーズに行うことができた。

ゼミが終わり、湊人は拓海へ先ほどの礼を言うと、「気にすんなよ。それより腹へったな、一緒にめし行こうぜ」と言った。そうして湊人は拓海とともにランチに行き、それをきっかけにふたりは仲良くなった。

そして拓海と珠月を引き合わせたのは、他ならぬ湊人自身だった。

湊人が大学の食堂で珠月と話していると、そこに拓海が湊人を見つけやってきた。その時がふたりの初対面で、湊人は拓海へ珠月を、珠月へ拓海を紹介した。それ以来、三人でランチをともにしたり、ランチの回数を重ねると今度は休日に三人で出かけるようにもなった。

それから拓海のあの相談だった。

無理もないと思った。たしかに珠月はかわいいし、拓海はいいやつだ。ふたりならきっとお似合いだろう。湊人はそう思った。

「いいと思う、告白しろよ。拓海なら絶対オッケーもらえるって」

そうやって湊人は拓海の背中を押した。

そうしてそれから間もなく、拓海と珠月は付き合い始めた。

湊人はそれ以来、自身の想いは隠し通すのだと決めた。ふたりには幸せになって欲しかったからだ。

珠月が幸せなら、おれの片想いなどちっぽけなものだ。湊人はそう思い、拓海と珠月が付き合いはじめてからも、何事もなかったようにふたりとの関係を続けることにした。

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