私と千咲
2027年 2月
おかげさまで昨秋のプロ野球ドラフト会議で私は8球団競合のドラ1で地元九州、福岡に拠点を置くファルクスにくじを当ててもらって交渉もスムーズに入団する事となった。普通、高卒でも大卒でも新人は寮に入るもんなんだけど、既に所帯持ちの人は免除されて、私も高校在学中に結婚したから、自宅から通勤という事になった。で、この時期に宮崎でやる球団の1軍とか期待の若手選手が参加するとか言われるA組のキャンプにいきなり呼ばれて・・・・・・
「おい大型ルーキー、なめんじゃねえぞ」
最初にそうやって声をかけてきたのは、数年前までのファルクスV4の中心にいた正捕手で、後にコーチや監督としても活躍する甲斐拓未さんだった。甲斐さんは私が「プロでも二刀流、守備にもつきます」て言ったっていう記事を見て、"なめたガキ"と思われたみたいで・・・そりゃプロで二刀流なんて普通に考えたら厳しすぎるし、どっちもやってたら若いうちは大丈夫でもトータルの選手生命は短くなる・・・そんな事は分かりきった上で、私はメディアの取材にあの発言をしたんだ。
「甲斐さん、私はなめてませんよ。本気で投手と遊撃手、両方でレギュラーを取るつもりです。そのために誰よりも地獄を見る覚悟は出来てます、育成の下位指名のドン底から這い上がったあなたでも経験し得ないような地獄をね」
「(こいつ、本気の目だな・・・)そうか、なら死ぬ気で行けよ」
「はい!」
そうして私は、甲斐さんに宣言した通りに、誰よりも走り込んで、誰よりも食べて、誰よりもトレーニングして、キャンプが終わる頃にブルペンに入った時は高校の時よりボールの質は格段に上がって、守備でもバッティングでもいいところを見せる事ができた。そして、高校の卒業式を終えて参加した福岡でのオープン戦。9番ショートでスタメンに抜擢されたその日の第一打席・・・・・・
『大型ルーキー葛西、いきなりです!まずは打席で結果を残しました!フライヤーズのエース伊東からいきなり初球をレフトスタンドへ!伊東は調整登板という事でしたが、それにしても池田さん・・・』
『いやあ、インサイドに食い込む難しい球でしたけど、それを初見でスタンドに打ち返すのはねえ、葛西は本物ですよ』
まあ正直、この時はええい!て振ったらたまたまいいとこ当たっちゃった感じだったけど、これで自信ついて次の打席もヒットが出て、守備も緊張しながらなんとかこなして・・・・・・それでオープン戦最終試合が終わって監督に呼ばれたんだ。
「おめでとう葛西、開幕投手・・・は流石にルーキーには任せられんが、開幕一軍だ。開幕戦スタメンで行くぞ」
「ありがとうございます!・・・って監督、いきなり私が公式戦スタメンですか?!てっきり開幕スタメンは潤さんがショートで行くもんだと・・・」
「この世界は実力社会だ」
「・・・つまり、現時点でも潤さんより私で行った方がいいと?」
「そうだ。そして、お前もこの先ずっと野球で食っていくなら、世話になった先輩でも、例え親友でも、グラウンドでは余計な情は持つな、わかるな?」
「はい・・・」
というわけで、開幕一軍どころかいきなりスタメンに抜擢された私、その後、それまで不動のショートだった潤さんとも話したけど、私はただ頭を下げて頑張りますとしか言えなかった。監督の言っていた事は確かに正しい、野球に限らずサッカーでもバスケでもなんでも、チームスポーツだけど、同じチームでもポジションが被れば蹴落とすべきライバルでしかないのだ。そして、その日、本拠地で迎えたシーズン開幕戦、開幕投手はエースの松本さん、私は9番ショートでスタメン出場。ベンチで緊張しながらグラブの手入れをする私に、潤さんが声をかけてきた。
「葛西、もっと力抜け」
「潤さん・・・」
「そんな顔すんな、俺はまだお前に負けたとは思っとらんぞ。お前が蹴落とす価値のある選手だってとこ、俺に見せてみろ」
「・・・はい!」
潤さんは大人だった。私がポジションを奪ったことを気にしているのを察して、自分からはっぱをかけてくれたのだ。そして、お前が不甲斐なかったらいつでも変わってやるぞといいプレッシャーもかけてくれた。これで少し楽になった私はショートの定位置へ駆け出して行った。その日の試合はまあ、流石に相手もエースだから狙ってたプロ初ヒット&同時ホームランは打てなかったけど、ラッキーな形ではあるものの初ヒットが出て、守備の方はあたふたしながらなんとか併殺も取れたりして、ある程度名を売る事はできた。そして開幕カードを勝ち越しで終わって、2カード目の大阪でのブレーブス戦の頭、火曜日の試合で私はプロ初の先発として投げる事になった。最初は監督さんやコーチ達もこの日はマウンドに専念させるつもりだったらしいけど、私本人の希望、そしてバッテリーを組む甲斐さんも頭を下げてくれて、ファルクス側はDHを使わずに私を打席に立たせる決断をしてくれた。まあ私的には打順は2番がよかったけど、いきなり冒険的すぎるし負担がデカすぎるとかで9番にさせられた。それでこの日の試合はどうなったかて言うと・・・
「いきなり三者三振かよ・・・」
「いやあ、流石にプロの一軍相手でいきなり打たれるかもと思ってましたけど、なんででしょうね」
「お前、自分で分かっとらんのか?」
「え、甲斐さんも受けててそんな凄い感じせんでしょ?」
「え、あぁ、まあ高卒ルーキーだしな・・・(こいつ、ほんなもんのバカなんか?ミット突き破られるかと思ったて、自分で分かっとらんか・・・)」
そして、2回もあっさり抑えちゃった後、3回の表に楽しみにしていた打席が回ってきた。しかも、ランナー2塁、得点圏のチャンスだった。
「おなしゃーす!」
こうやって相手バッテリーと審判に挨拶して、ルーキーだし打たせてやるかなんて気を起こさせようとしたけど、流石に0対0の場面でランナーもいるのにそんな甘い球は来るわけなくて、とりあえずくさいとこ(ストライクゾーンギリギリのとこ)は見えたらカット、見えなかったらごめんなさいて感じで必死に食らいついていった。
「お前そろそろ前に飛ばせよ」
「だったら前に飛ぶボール要求してくださいよ」
大先輩の相手キャッチャーとそんな会話をしながら、10球粘って11球目だったかな、相手ピッチャー岡山さんのしまった!て言うような顔がはっきり見えて、私は思いきりバットを出した。
(やべ、詰まった)
甘いと思って意識しすぎて少し振り遅れた私は、詰まらされてはいたんだけど、結局それが功を奏したのか、一塁線のフェアゾーンとファウルゾーンの境目を示すラインの上にギリギリ落ちてくれた。それで、2アウトでスタートを切ってたランナーの正木さんが生還、私はまあラッキーとも言えるヒットでプロ初打点をあげた。まあその後はファルクス打線も繋がらずに、岡山さんに抑えられたんだけど、結局私も最後まで0で抑えて、自分で投げて打って勝っちゃったんだ。あのライン上の打球にしても、相手にヒット打たれてもズルズル行かなかった事も本当にラッキーな試合だったけど、勝ちは勝ち、この試合は私が今まで以上に全国的に注目を浴びるきっかけとなった試合だった。でも結局このカードはこの1勝だけで負け越し、月が変わって4月、私がプロ初ホームランを打ったりもあったけど、チームとしては開幕ダッシュとはいかず、勝敗は五分五分、5月に入っても、投手としての私も勝ったり負けたりが続いて、まあ実際優勝争いはこの時期に考える事じゃないから、私も5月下旬から始まる違うリーグ同士の交流戦での、あいつとの対戦を待ち望んでいた。高校時代にしのぎを削りあったライバル、そして現在は横浜ホエールズの期待のルーキー投手、村上千咲だ。そして、その日は訪れた。横浜で、私も千咲も投げ合って打席に入る、これは願ってもない展開だった。
「千咲、対戦は初めてだな」
「そうや?高校の時紅白戦でやったろ、確かあん時は私が三振に取ったよな」
「高校生の紅白戦とプロ野球の公式戦じゃ違いすぎるぞ・・・あ、お前打席で気抜くなよ」
「お前がマウンドにおる限り、それはできんわ」
「そうか、じゃ、後でな」
試合前に千咲と交わした言葉はそれだけ、そこからはお互い戦闘モードに入る。そして、ベンチに座った私は、私や千咲と同じく四高からプロに進んだ幼なじみで、私と同じく開幕一軍を勝ち取った内野手の晴美と話す。
「晴美、今日スタメンだろ?バック頼むぞ」
「まあ陽葵が投げるわけだしな。ほんで陽葵、千咲と何話したと?」
「なん、対戦よろしくって挨拶だけたい」
「そんだけ?」
「高校の時とちごて、あくまで今は敵同士。余計な情は持たれんたい」
「そうね・・・?」
こちらもスイッチを入れ、スタメン発表中のスコアボードを見る晴美。ちなみにファルクスはこのところ私の打撃が上向き中という事もあって、先発の時でも打順は2番に置いていたが、今回はなぜかホエールズの方も先発の千咲を3番という上位に置いてきた。確かに千咲はバッティングもいいと言う事は元チームメイトの私や晴美は知ってはいたが、プロではこれまで投手専念で出る時は9番、それも先発なので週に1試合しか打席に立ってこなかった千咲を横浜はいきなり上位打線に起用してきたのだ。
「嘘だろ、ファン感じゃなくて公式戦だぞ」
「ばってん実際、お客さんとしても初回に2人の対戦が確実に見れるし・・・」
「つってもなあ・・・」
これは横浜側のファンサービス・・・の側面もあるが、それだけではない、実際横浜首脳陣も様々な打線のシミュレーションを行った結果、千咲がその打順で行ける、ファルクスに勝てるという判断を下したのだ。ともあれ、私としても、千咲が初回に打席に立とうが、ねじ伏せるつもりでいたし、最初の攻撃でやってやろうとの意気込みでいた。そして、ホエールズナインが守備について、千咲がマウンドに上がって、いよいよ試合が始まった。先頭の潤さんがレフト前ヒットで出て、ノーアウト一塁で迎えた私の第一打席。まず今の千咲の球がどんなもんか見ようと思って待ってたら、あいつ顔の前に投げてきやがった。
「見たかったんだろ?」
「てめ・・・」
でもこれで分かった、確かに千咲は高校時代から成長している、けどそれなら私だって・・・・・・!
2球目、千咲が"とり"に来たボール、アウトコースを狙ったチェンジアップが少し中に入って落ちきらなかったところを私は思いきりフルスイングした。感触は完璧、センターに弾き返した打球はそのままバックスクリーンへ突き刺さった。ただ、ダイヤモンドを一周しながら千咲の顔を見た私は、この裏にやり返されるかもななんて嫌な予感もしていた。私らの知る村上千咲は、甲子園でチームメイトとして見ていたあいつは、こんなやられっぱなしで終わるようなやつじゃないからだ。そして、その予感は的中した。
「うわ、やられた!」
表の私と全く同じような感じで、千咲は私の投げミスを見逃さずに、ご丁寧にホームランで返してくれやがった。ただこの時点ではまだ両チーム同点、その後はお互い譲らずに9回裏、2アウトまで取って、また千咲との対決の場面がやってきた。ライトスタンドからは千咲コール、レフトスタンドのファルクスファンからは陽葵コールが鳴り止まぬ中で、私はもう後の事は知らん!て感じで、この日の余っていた力を全てこの場面に投入していた。それは打席の千咲にしても同じだと私は感じていた。チームの勝敗どうこうではなく、私達2人の勝負の決着はここだとお互いが認識していたんだ。何球投げたか分からない、千咲は何球もファールにしてきた、絶対に三振はしない、四球で終わり、当てて終わりなんてのも許さない、そんな風に言われてる気がして、とにかく投げ続けた。そして・・・・・・
「・・・楽しかったぞ、千咲」
サヨナラのホームランを打ってダイヤモンドを回る千咲に、私はそう言って、やっと終わったとホッと一息ついてダグアウトへ下がった。そして試合が終わればもうノーサイドということで、私と晴美は改めて千咲と話したんだけど、そこでも次は負けんぞとかそんくらいだったと思う。実際、その次は何回もあって、いつぞやは日本シリーズでも投げ合ったりしたなあ・・・その最高峰での対決はどっちが勝ったって?それはまあ、皆さんのご想像にお任せします。
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