1年Bクラス②


「そうだ。そうだ。デメリットがないわけない。危険だ。危険すぎる。固有魔法は祝福だ。これは神への反逆、許されるわけがない。僕が止めなければ。許してはいけない。許してはいけないっ」


(……よし、見なかったことにしよう)


 流石はアテナ、で済ませるには無理があるよな……。

 どうやらこの学校には所謂『陰謀論者』も入学しているらしい。おそらく魔人デビルであろう彼の声にはその音量の小ささに反して並々ならぬ敵意と怒気が込められていた。


「神を軽んじてはいけない。祝福を奪ってはいけない。救済だ。救済が必要だ。僕が、僕が

 救わなければいけない」


(怖い。シンプルに怖い。心の中で思っとけばいいのに、なんで口に出してるんだよ)


 滅多に味わうことのない種類の恐怖を感じる。


「固有魔法を与える原理については教えられない。というより、私も知らない。アテナ上層部のみ知る機密事項だからな。だが、これだけは言える。デメリットは存在しない」


 彼女の表情は自信に満ちているように見えた。しかし彼女の答えに納得できなかったのか、質問をしていた小人間リパットの男は反論を述べる。


「何故、何故そう言い切れるのですか?あなたは原理を知らないのでしょう?」

「そうだな。私も原理は知らない。だが、君は元S級冒険者である私が何の調査も無しにこの学園に雇われると思っているのか?」

「……と、いうと?」

「私はこの学園に勧誘される際、S級冒険者として培った各方面との『繋がり』をフル稼働させ調査した。知らぬ間に悪事を働く組織に所属するなんて絶対に避けたいからな」


 勧誘された組織について調べる。それ自体は極平凡な行動であるが、国が運営するアテナに対してそれを行うなんて、なんて警戒心なんだ。


「調査の結果、問題はなかったということですか?」

「あぁ、怪しい点はなかった。卒業生は毎年二十人から三十人程度。そのほとんどが様々な業界で活躍しているし、退学した生徒もアテナに入学したというネームバリューを用いてエリート街道を歩んでいる。様子がおかしいという話も聞かなければ、不審死をしたという報告もなかった。よって、私はアテナに問題はないと判断し、勧誘を受け入れたんだ」

「……なるほど。元S級冒険者であるあなたが調査をしたのならば、それが外部の人間が得られる情報の限界でしょう。ならば、納得しましょう。まだ不安は残っていますが」

「別に無理しなくてもいいんだぞ?不安なら退学すればいい。それも人生の選択だ」

「それを言うのはずるいでしょう……。質問は以上です。ありがとうございました」

「納得してくれたなら何よりだ」


 渋々、といった様子で小人間リパットの男は話を切り上げた。


「それと、君の名前を教えてくれないか。まだ顔と名前が一致していなくてな」

「……それは拒否します。この場で名前を言うと僕が不利になる可能性がありますから」

「むぅ、どうせ名前は後でバレるのだが……まぁいいか。それが君の選択なら私は止めないさ。さて、話すべきことも話し終えた。後はAクラスからの使いが来るまで待つだけだ。どうだろう、待ち時間に軽く自己紹介でもしたらどうだ?」


 小人間リパットの男の質問にも一区切りがつき、スイレン先生は教壇の端にある椅子へと腰を下ろした。そして訪れる沈黙。当然だろう。誰もが敵となり得るという学園の性質上、同級生との距離感を測り損ねてしまうことは仕方のないことだ。

 しかし、そんな考えを覆すかのように、一人の男が教室の前へ躍り出た。


「突然で申し訳ない。スイレン先生のお言葉通り、待ち時間中にクラス全員で自己紹介をし合いたいと思ってね。どうかな?自己紹介。僕はやるべきだと思うんだけど」


 その男――金髪碧眼の普人間ヒューマンは爽やかな美丈夫であった。また、この探り合いが続く状況にありながらも、自信に満ちた笑みを浮かべハキハキとした声で自己紹介を提案するその胆力は目に見張るものがある。

 だが、どうやら一筋縄ではいかないらしい。


「ちょっと待てや。俺は自己紹介なんざするつもりはねぇぞ」


 白髪の獣人ビースト――おそらく猫人キャット・ビースト――の男がその提案を一蹴した。


「分からないな。どうして自己紹介がしたくないんだい?」

「敵になり得る相手に情報を与えたくねぇだけだ。ガンドラ山周辺の地人間ドワーフに明確な弱点が存在するように、出身や種族を明らかにするだけで不利になるかもしれねぇだろうが」


 粗暴な言葉遣いであることに反して、彼の話は論理的であり説得力があった。


「……この調子じゃあ、天下のアテナも大したことないのかもしれないね」

「あぁ?なんだと?」

「分かりやすいように君の言い分を要約してあげるよ。僕は何が重要な情報なのか見抜くことが出来ません。だから自己紹介程度も出来ません。だって周りの皆が怖いから、だよ?アテナは国の天才が集まる学園だと思っていたのに、これじゃ拍子抜けでしょ?アテナの生徒だったら、伝えてはいけない情報と伝えても問題がない情報くらい分かれよ」


 その言葉に白髪の猫人キャット・ビーストは額に青筋を浮かべた。


「てめぇ……、あんまりふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」

「ふざけたことなんて言ってないよ。君の知能が低いから、僕の言っていることを理解できないだけでしょ?」

「……あぁそうか、分かったよ。お前、俺に殺されたいんだな?……じゃあよぉ、お望み通りやってやるよっ!!」

「あはは、現実を見なよ。誰がどう見たって君じゃ僕を倒せないでしょ」


(バ、バチバチだ!互いの顔面を言葉という理性的な武器で殴り合ってる!!……やばい、アテナでやっていける自信がなくなってきた……)


 この学園で平凡な自分を変えるんだという覚悟が二人の煽り合いによる薄れていく。しかし、流石に度が過ぎていると感じたのか、スイレン先生が口を開いた。


「そこまでだ。入学早々問題を起こすな。『王都』出身の普人間ヒューマン、ミューヘン・ホットレイブンに『ルーラポット』出身の猫人キャット・ビースト、メナス・ジャックル」


(―――言ったーーっ!!情報を渡したくないって話だったのに名前だけじゃなく出身と種族まで言ったーーっ!!本当にこの学園はどうなってんだ)


「おいおい!何勝手に情報漏らしてんだクソ女!教師は中立の立場であるべきだろうがっ!!なんで勝手に特定の生徒の情報を漏らしてんだよ!!」


(た、正しい。言葉遣いは相変わらずアレだけど、言ってることはこれでもかってくらい正しい)


 白髪の猫人キャット・ビースト――メナスの第一印象は『荒くれ者』であったが、今では言動が粗暴だが論理的な人物となっている。


「僕は文句なんてないけどね。元からそのくらい言うつもりだったし」

「てめぇは黙ってろっ!鬱陶しい!」

「そう怒るな、メナス。これは私なりの優しさなんだ」

「……あぁ?優しさだと?」

「そうだ。この学園の教師として誓うが、新入生に出身と種族が弱点となる人物など存在しない。つまり、君達が今行っている距離の探り合いは無意味だ。さっさと名前、出身、種族くらいを軽く自己紹介してしまった方が今後の君達のためになる」


 その言葉に僕を含めたBクラスの多くが驚く。スイレン先生の優しさに感動した訳ではない。『新入生に出身と種族が弱点となる人物は存在しない』。その重要な情報がさらっと明かされたことに驚いたのだ。

 しかし、これにて一件落着というわけにはいかなかった。まだメナスにはスイレン先生に言いたいことがあるようだ。


「それで納得するわけねぇだろ。その情報に価値があろうがなかろうが、問題があろうがなかろうが、俺の情報を明かすタイミングに関しては俺が決めることだ。少なくとも、教師のアンタが決めることじゃねぇ。なぁ、そうだろ?スイレン先生よぉ」


(と、途轍もない威力の正論パンチだ。スイレン先生は、元S級冒険者はこれにどう返すんだ!?)


 スイレン先生を見ても、顔を俯かせているためどのような表情をしているか分からない。だが、体が小刻みに震えている。もしかして、遂にメナスに対して果てしない怒りが……。


「う……」

「う?」

「――うわぁあああああんっっ!!!!そこまで言わなくてもいいじゃんかぁああ!!!」


(――っ!?……え?)


「悪かったよぉおお!!口が滑ったんだよぉおお!!!!!でもでも、もうちょっとだけかっこつけさせてよぉおおお!!!!」


 元S級冒険者、【銀剣アル・スパーダ】は―――号泣していた。


「すいませ~ん。Aクラスは固有魔法付与が終了したので、次はBクラス……え、なにこの状況」


(ほんと、なにこの状況)

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