1年Bクラス①
疑問、興奮、不安、戸惑い。様々な感情が交差する中、入学式は終わりを告げた。現在、僕は教員の指示に従い自身が所属する1年Bクラスの教室へと移動している。
もちろん、僕の周囲には同じようにBクラスへ移動する生徒が多くいるが、そこに会話が生まれることは一度も無かった。僕も含めてこの場にいる全員が、同級生との接し方やあるべき距離感を測り損ねているのだ。
ここが普通の学園であれば、このようなことにはならなかっただろう。しかし、この学園に限っては仕方がない。誰を狙えばいいのか、誰から狙われるはずなのか。どうしてもそれを考える必要があるからだ。
今は誰一人として『ターゲット』の情報を持っていない。しかし、いつの日か、誰かが『ターゲット』の情報を得たその瞬間、隣を歩く人間が突如敵となる可能性があるのだ。もしかしたら仲良くしていた友人と争うことになるかもしれない。そう考えると、どうしても友人作りに対して足取りが重くなってしまう。
結局、誰も言葉を発しないまま、僕達は1年Bクラスへと到着してしまった。
教室には教壇を中心に机と椅子が円弧上に配置されていた。また、教室後方へ行くほど階段状に床が高くなっており、後方に座っても教室前方の黒板がはっきりと見えそうだ。
僕が教室を見渡していると周囲の生徒が各々席に座り始めたため、僕もなんとなく三段目の端の席に腰を下ろした。そして数分後には、教室にある席の大部分が埋まっていた。おそらく1年Bクラス所属の新入生が全員揃ったのだろう。
僕はどのような人物が同じクラスになったのか気になり、周囲を窺う。
明らかに体が鍛え抜かれている
この場にいる全員が国に才能を認められた天才。おそらく誰もが素晴らしい長所があり、実力や実績から揺るがぬ自信を持っているのだろう。僕とは大違いだ。
そんなネガティブな思考に飲み込まれそうになる。
(……いや、すぐ弱気になってどうする。僕もアテナに入学できたんだから、もう少し自信を持つべきだ)
そう自分に言い聞かせ、無理やりにでも気持ちを切り替える。そして前を向くと、教室の入り口に立っている長身の女性が目に入った。
おそらく種族は
しかし、なにより特徴的なのは彼女の服装であった。胴体を覆う白銀の
(……なぜ学校で冒険者の恰好をしてるんだ?)
と、そんな疑問を抱いている内に、その女性は教室内へと歩みを進めていた。そして、教壇に上がり、面白そうに笑みを浮かべながら僕らを見渡した。
「1年Bクラスの諸君。私はこのクラスを担当することになった、スイレン・クロームナイトだ。よろしく頼む」
この学園に来て驚くことばかりだが、僕はまたもや驚愕することとなった。
スイレン・クロームナイト。その名前を僕は耳にしたことがある。
ライグランド王国所属の元S級冒険者パーティ【
「何故私が冒険者の装いをしているのか気になっている者もいるだろう。故に、自己紹介もかねてその理由を説明しよう。私は元冒険者であり、その腕を見込まれてアテナに勧誘された。そのため、いくつか授業を担当しているが、そのすべてが戦闘に関連するものだ。つまり、私にとっての正装はこの恰好なんだ。休日には私服に身を包むこともあるが、基本的にはこの恰好をしていると思ってもらってかまわない」
彼女の言葉の節々には、冒険者としての矜持が滲み出ていた。現在は冒険者ではないものの、冒険者としての行動を学園から求められているからには、例え授業でも冒険者として振舞う。そんな重く積み上げられた『誇り』のようなものが、彼女からは感じられた。
「さて、軽い自己紹介も終わったことだし、君達が最も気になっていることについて話そうか。―――『固有魔法』とこの学校の『ルール』についてだ」
S級冒険者の登場により期待や歓喜という暖かな雰囲気に包まれかけていた教室が一瞬で冷え切ったことを僕は肌で感じ取った。
「まず『ルール』に関してだが、ノトス校長の話していたことが全てだな。あれ以上もあれ以下もないといったところか。内容を纏めた書類を今から配るから、今日の夜にでも再度確認するといい」
そう言うと、スイレン先生はクラスの全員に書類を配り始めた。僕の手元に配られたそれを見ると、そこには入学式で伝えられた内容と同様のことが書いてあった。『狩る者と狩られる者』、改めて見ても残酷なルールだな……。
「ここまで何か質問はあるか?……ないようだな。まぁ、すぐに質問するのも難しいだろう。ゆっくり確認してみて分からないがあれば、遠慮なく私に質問してくれ。まぁ、答えられないものもあるがな」
答えられないものある、か。なんだか気にかかる言い回しだ。何を答えられて、何を答えられないのか。それを確かめるために後で色々質問してみるのもありだな。
「次に固有魔法の件について説明しよう。まず、皆知っていると思うが、固有魔法はたった一人だけに使うことが許された強力な魔法だ。発現する者は非常に少なく、特に先天的な所有者に関しては一千万人に一人といったところか。そんな固有魔法を君達は与えられる、いや、発現させられると言った方が正しいかな。それも、今日この後にだ」
(はは……とんでもない話だな)
僕は呆れたように気の抜けた笑みを浮かべてしまう。もしこの話が真実であったならば、アテナには固有魔法を発現させる力があるということだ。この事実が他大陸の他国に知られてしまえば、大陸を超えて戦争が起きるかもしれない。
そして、この話の最も恐ろしいところは、おそらくこの話は真実であるという点だ。でなければ、あれほど自信満々に固有魔法を与えるなど言えないだろうから。
「1年Aクラスへの付与が終わり次第、1年Bクラスへの付与が始まる。その時になれば、一人ずつ校長室へと出向いてもらう。そこでノトス校長から固有魔法が与えられるといった形だ」
スイレン先生がそう言い終わると同時に、最前列に座っていた
「質問したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「あぁ、いいぞ。何でも聞いてくれ」
「固有魔法が与えられる。そのようなことが何のデメリットも無しに行われるとはどうしても考えられません。できれば、固有魔法を与えるその原理を教えていただきたい」
(――デメリット、か)
その考えはなかった。アテナが言うことならば間違いないと、半ば妄信的になっていたのかもしれない。しかし、彼の言っていることは正しい。何の代償もなく固有魔法が得られるなんて、そんな甘い話があるのか?
聖騎士トードの聖剣も、吟遊詩人メリッサのフルートも、勇者の聖剣でさえも明確な代償があったと聞く。何か途轍もないデメリットが存在するんじゃ……。
そんな不安を抱いていると、隣の席から非常に小さくはあるがぶつぶつと話し声が聞こえていた。いや、独り言か……?
「そうだ。そうだ。デメリットがないわけない。危険だ。危険すぎる。固有魔法は祝福だ。これは神への反逆、許されるわけがない。僕が止めなければ。許してはいけない。許してはいけないっ」
(……よし、見なかったことにしよう)
流石はアテナ、で済ませるには無理があるよな……。
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