入学式②
「それじゃあ、入学式を始めるとするかのう……」
壇上の老人が発したそのしわがれた声は、その小さな声量に対して思いのほか会場に響き渡った。当然、僕の耳にもその言葉は届いている。……というか、入学式がこんなにヌルっと始まってもいいのだろうか。壇上の後方には教職員と思われる人達が立っているが、特に困惑した様子はない。よくあることなのかもしれない。
「まず、新入生には自己紹介が必要じゃな。儂の名はノトス・アンヴェルデ。アテナの校長を務めるしがない魔法使いじゃ。気軽にノトス先生と呼んでくれ。これからよろしく頼む」
僕の予想通り、老人の正体は伝説の魔法使い、ノトス・アンヴェルデであった。伝説の存在が今目の前にいる。その現実を脳が正常に理解し始めたことにより、僕は高揚感を覚えた。周りに座っている同級生達も僕と同じ様子であり、ソワソワしたり笑みを浮かべたりしている。
「時間は有限。挨拶やら何やら面倒くさいことは言わん。儂からは必要事項のみ皆に伝えることにしよう。この学校のルールについてじゃ」
その『ルール』という言葉に、僕は嫌な予感を覚えた。
例年退学者が多数出るという噂、明らかに数が少ない上級生、そしてオリヴィア先輩が言っていた『敵』と『入学式を待ちなさい』という言葉。
間違いなく、この『ルール』には何かがある。そう感じた僕はノトス先生の言葉を一言も聞き逃さないよう耳を傾けた。
「まず、事前に渡していた資料に書いてあったと思うが、君達はこれから3年間、許可なく学外に出ることはできない。もし学外に出ることがあるとすれば、アテナから特別に許可をもらった場合、退学した場合、卒業した場合の三通りじゃ」
今の発言に関しては心当たりがある……というより既知である。アテナから渡された資料に同様のことが書かれてあった。
「さて、ここからが極めて重要な話じゃ。今日、入学式が終了した後、君達新入生全員にその人物の性質を宿した『固有魔法』が与えられる。この固有魔法は退学となった場合、もしくは卒業時に卒業条件を満たしていなかった場合没収され、卒業条件を満たした状態で卒業した場合のみ学外での所持が許される」
(……は?)
僕の頭の中は一瞬真っ白になった後、急速に思考を加速させた。
(……え?今、固有魔法が与えられるって……。嘘だろ、そんなことが可能なのか?聞き間違い……だよな?)
固有魔法。それは通常の魔法とは異なる、その人物固有の、その人物のみ使うことが許された魔法。固有魔法が発現する者は非常に少ないとされているが、その誰もが強力な力を宿しており、固有魔法使いが一人いれば戦力として最低でも百、平均で万、最高で億の兵士に匹敵すると言われている。
ノトス先生はその固有魔法を与えると言ったのだ。果てしなく非常識で、果てしなく馬鹿らしく、果てしなくおかしな発言である。しかし、その発言をしたのがノトス・アンヴェルデである。もしかしたら本当に……という考えを拭うことはこの場にいる誰もができないだろう。当然僕もだ。
「驚くのも無理はない。いきなり固有魔法が与えられると言われて困惑しない者などいないだろう。だが――アテナはそれができる。ただそれだけじゃ」
アテナはそれができる。なんと傲慢で、なんと頼もしい言葉。だが、その言葉には妙な説得力があった。確かにアテナならできるかもしれない。そう思わせる実績がこの学園にはある。
「話を戻そう。先ほど、固有魔法は卒業条件を満たした状態で卒業した場合のみ学外での所持が許されると言った通り、この学校には卒業条件が存在する。その条件に付いて話そう」
――卒業条件。これだ。これに違いない。僕のこの胸騒ぎ、嫌な予感の原因は、この条件に間違いない。僕はそう直感した。そして、それは確信へと変わる。
「卒業条件。それを簡単に言い表すと――『狩る者と狩られる者』といったところかのぉ」
(狩る者と、狩られる者……)
その後、ノトス先生は卒業条件について詳細を話し始めた。その内容は驚愕せざるを得ないものであったが、訳の分からなかったオリヴィア先輩の言葉が腑に落ちたこともあり、意外とすんなりと理解することができた。脳内で纏めた条件は以下の通りだ。
卒業条件
・同学年に存在する『ターゲット』の学生証を奪い、その学生証を専用の読み取り機にて読み取ること。一度でも読み取れば条件を満たしたこととなる
『ターゲット』について
・『ターゲット』は同学年の学生であり、一人につき一人の『ターゲット』が設定される
・入学時点では『ターゲット』に関する全ての情報が伏せられている
・定期的に行われる能力試験で好成績を収めた上位二十人には、その人物の『ターゲット』に関する情報が与えられる
・『ターゲット』が退学となった場合、同学年の別の人物が『ターゲット』としてランダムに選出される。その場合のみ、『ターゲット』が重複する可能性がある
退学になる場合
・自身を『ターゲット』とする学生に自身の学生証を読み取られた場合、退学となる
・自身の『ターゲット』である学生に自身の学生証を読み取られた場合、退学となる
・自身を『ターゲット』とする学生、自身の『ターゲット』である学生以外の学生証を奪った場合、略奪行為とみなし退学となる
・卒業時に卒業条件を満たしていなかった場合、退学となる
・定期的に行われる能力試験で設定されたボーダーを下回った場合、退学となる
・外部への情報漏洩など、違反行為が明らかになった場合、退学となる
・略奪行為など、犯罪行為が明らかになった場合、退学となる。なお、犯罪行為を行った場合には学外にてライグランド王国法に従い罰せられる
ノトス先生が語った学校のルールを纏めるとこんなものだろう。
簡単に言えば、僕の『ターゲット』である学生には僕の学生証を奪われてはいけない。また、僕のことを『ターゲット』とする学生にも僕の学生証を奪われてはいけない。
つまり、僕の『ターゲット』を探しつつ、僕のことを『ターゲット』とする人間には注意する。この二つを並行して進めなければいけないわけだ。しかも、『ターゲット』のヒントを得るためには、全国の天才達が一堂に集まる中、能力試験で好成績を残す必要もあるときた。これは大変な学校生活になりそうだな。
(それにしても……途轍もなく残酷なルールだ)
同学年内で疑い合い、蹴落とし合う。同学年の人間全てを疑い、時には戦わなければいけない。後ろにいる上級生の数からして、おそらくここにいる新入生二百人中、卒業できるのは数十人ぐらいだろう。この学校に来てまずは友達を作りたかったのだが、こんなルールがあるなら厳しいかもしれない。
「この後、皆にはそれぞれの所属クラスに移動してもらう。そのクラスの担当教師からルールの詳細について書かれた資料が配られるだろう。大事なことじゃから、しっかり確認してくれ。さて、もう話すことはないんだが……そうじゃな。未来ある若者に一つだけアドバイスを送ろう。―――信頼できる仲間を作りなさい」
(信頼できる仲間……、こんなルールを作っておいて?いや、だからこそか……?)
「よし。言いたいことは言ったし、入学式はこれで終わりじゃ。ルーミア」
「はい。それでは、これにて入学式を終了します。新入生の方は学生証より所属クラスを確認し―――」
こうして、波乱の入学式は終わりを告げた。
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