入学式①


 鐘の音が聞こえた。


「ん……」


 ゆっくりと意識が覚醒していく。しかし、まるで精神と肉体の繋がりが断たれたかのように体は言うことを聞かない。もどかしいようで、心地よい。


「……朝か」


 窓から入る日差しはカーテンをも貫き部屋を照らす。その光が朝の訪れを示唆していた。


「眠いけど、今日だけは絶対に起きなきゃ」


 僕はなんとか自身を奮い立たせ体を起こした。今日に限ってはそうしないといけない理由があるからだ。それは……。


「……つい入学式か。緊張するなぁ」


 そう。今日はアテナの入学式が行われる日なのである。


 アテナに転移しオリヴィア先輩と出会ったあの日から、僕はアテナの一人暮し慣れるために様々な施設を巡り歩く日々を送っていた。

 そうしてようやく一人暮しに慣れてきた頃には、既に二週間が経過していた。そして今日、入学式と共に僕の学校生活が始まりを告げるわけだ。


 ちなみに、アテナから渡された資料には『入学式への出席が確認され学生証を受け取った瞬間、正式にアテナに入学したことになる』との記述があった。それはつまり、入学式に出席しなければアテナへの入学は認められないということ。

 オリヴィアさんの発言も考慮すると、やはり入学式には何かありそうだ。


(そう考えると余計に緊張するなぁ……。いや、弱気になったらだめだ!僕はアテナで変わりに来たんだから)


「よし、行ってきます!」


 誰もいない部屋に向かってそう言い放った後、僕は玄関を開け学生寮を出た。




 入学式は授業を行う校舎に併設された会場で行われる。その会場は普段あまり使われておらず、入学式や卒業式、学外から来た特別講師などの公演にのみ使用されるらしい。


 僕が一人で学生寮から校舎に向かって歩いていると、同じ方向へ向かう同年代の少年少女が目に入る。おそらく入学式へ出席する同級生、あるいは先輩だろう。

 なんとなく一人では心細いため、本来なら同級生と思われる誰かに声をかけて共に入学式へ出席したいのだが、今の僕にはそれをする勇気がない。なぜならここはアテナ。誰もが類稀なる才能を持つ天才達だからだ。平凡な僕からすれば、どうしても気後れしてしまう。


 結局、僕は誰にも声をかけることができないまま入学式が行われる会場へと到着してしまった。一人でいることで何か問題が起こるというわけではないのだが、一人で寂しいことは紛れもない事実だ。勇気がない自身に呆れながら、僕は会場の前に設置された今年度入学者用受付へと並んだ。


「次の方どうぞ」


 受付の女性に呼ばれた僕はすぐにその女性に元へ赴いた。


「では、そこの水晶に手をかざしてください」

「は、はい」


 女性の言う通りに机の端に置いてある水晶に手をかざすと、水晶が青く光り輝いた。おそらくこの水晶は魔道具であり、僕の体表面から溢れ出す微弱な魔力に反応したのだろう。


「はい。もう結構です。手を水晶から退けてください」

「はい」


 女性は水晶から何かを読み取るような様子を見せた後、僕に水晶から手を退けるように促した。その言葉に従い、僕はすぐに水晶から手を引っ込める。


「ユーリア・ファンブル様。あなたの出席を確認致しましたので、こちらの学生証をお受け取りください」

「これが学生証……?」


 僕は受付の女性から受け取った学生証へと目を向けた。

 その学生証は長方形の薄い板のような形状をしており、片手に収まる程の大きさであった。しかし、学生証であるにもかかわらず一切情報の記載がない。これではただの真っ黒な板ではないか。

 その疑問に答えるかのように、受付の女性が口を開いた。


「その学生証はあなたの魔力によって起動する魔道具となっております。貴重なものであるため、くれぐれも、紛失しないようにしてください」

「個別認証の魔道具……」


(個別認証の魔道具が配られるなんてっ!!……流石はアテナ。なんて財力なんだ)


 早速学生証を起動させてみようと自身の魔力を送ろうとするも、まだ受付の女性と話している最中であることを思い出し、僕は学生証をポケットに仕舞った。


「それでは、会場へお入りください。新入生用の席であること以外に席の指定はございませんので、適当な席にお座りください」

「分かりました」


 その後、僕は入学式会場に入り適当な席に腰を下ろした。新入生用の席はまだ半分以上埋まっておらず、入学式が始まるまでまだ時間がありそうだ。暇つぶしもかねて学生証の確認でもしようと思い、僕はポケットに仕舞っていた学生証を取り出した。


(たしか、魔力を送ると起動するんだよな……)


 手に持っていた学生証へと魔力を送る。すると、学生証に光が灯り表面に文字が浮かび上がった。


 《国立魔法学園アテナ学生証》

 学籍番号  217-198

 所属クラス 1年Bクラス

 氏名    ユーリア・ファンブル

 種族    普人間ヒューマン

 上記のものは本学の学生であることを証明する


(すごい……本当に僕の魔力に反応して起動した。……ん?『所属クラス 1年Bクラス』?)


 僕の学生証には『所属クラス』というものが記されていた。

 アテナの入学者は毎年200人。まとめて教育を行うには大きすぎる数字だ。つまり、おそらくアテナではいくつかのクラスに分けて生徒を教育するのだろう。そして、僕の所属クラスはBクラスだということだ。気が合う人がクラスにいるといいけどな……。




 気が付けば、会場は多くの人間で賑わっていた。会場の前方には新入生用の席が配置されており、僕が見る限りその全ての席が埋まっていた。つまり、右を向いても左を向いても同級生達がずらりと並んでいるということだ。

 また、会場の後方にはアテナの二年生、三年生用の席が並んでおり、多くの先輩達が談笑している様子が見える。ただ、その光景を見て僕は違和感を覚えた。


(……?何か違和感が……‥‥‥っ!!ちょっと待て!明らかに席が少ないぞ!アテナは厳しく、毎年退学者が多く出るという噂は聞いてたけど、まさか本当だとは……)


 そんなことを考えていると、突如会場が静寂に包まれた。一体何事かと辺りを見渡すと、会場の視線が壇上に集中していることに気が付いた僕は、素早く壇上へ視線を向けた。そこには、豪華な装飾が付けられた茶色のローブに身を包んだ白髪の老人が立っていた。


 その老人には言い表せない『凄み』があった。思わず視線を釘付けにされるような『覇気』を放っていた。おそらく会場が静まり返った理由は、あの老人が姿を現したからだ。ただ姿を見せただけ。ただそれだけで、あの老人は会場の雰囲気を掌握したのだ。


 それによく見れば、ローブには偉業を成し遂げた者にのみ送られる『英傑勲章』が付けられていた。‥‥‥聞いたことがある。普人間ヒューマンであるにも関わらず齢300を超え未だ存命であり、ライグランドを恐怖に陥れた雷龍の討伐に加え千年間攻略されなかったダンジョンの単独攻略など、様々な偉業を成し遂げた伝説の魔法使い。その人物は現在、アテナの校長を務めているらしいが……。


(……間違いない。あの人こそがアテナの校長であり伝説の魔法使い、ノトス・アンヴェルデっ!!)


「それじゃあ、入学式を始めるとするかのう……」

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