「行ってきます」は魔法の言葉

 ライグランドが誇る国立魔法学園アテナの敷地は非常に広い。校舎や修練場、学生寮や職員寮をはじめに、学生から職員まで広く利用される飲食店や多くの商品が取引される市場、さらには鍛冶屋や武器屋、はたまた冒険者ギルドまで存在し、一種の都市と化している。

 僕は今、そのアテナの目の前に立っていた。全国民の憧れの的であるアテナの目の前に……。いったい、これから僕の生活はどうなるんだろうか。アテナに選ばれた天才達とうまくやっていけるのだろうか。不安、期待、希望など、様々な感情が胸の中で蠢く。それでも、僕はアテナに向かって力強く一歩を踏み出した。平凡な自分を変えるために……。


(でも……)


「てめぇ……、あんまりふざけたこと言ってんじゃねぇぞ」

「ふざけたことなんて言ってないよ。君の知能が低いから、僕の言っていることを理解できないだけでしょ?」

「……あぁそうか、分かったよ。お前、俺に殺されたいんだな?……じゃあよぉ、お望み通りやってやるよっ!!」

「あはは、現実を見なよ。誰がどう見たって君じゃ僕を倒せないでしょ」


(でもやっぱり、この学校でやっていける自信がないです‥‥‥)




 僕が早速自信を喪失する約一週間前――招待状を受け取ってから一か月が過ぎた日、僕はソメリアの中央広場で多くの人々に囲まれていた。

 その理由は単純。僕は今からアテナへと転移するのだ。


「ユーリア、アテナでも頑張れよ!お前が無事に卒業できるようによぉ、仕事の片手間にちょびっとだけ祈っといてやるよ!」

「一人暮らしは慣れないだろうが、体調崩すんじゃねぇぞ!気を付けろよ!」

「精一杯頑張って来いよー!お前はソメリアの誇りだぜ!」

「……ありがとう皆。僕、頑張るよっ!」


 これほど人の言葉を頼もしく感じたことはない。それほどまでに、皆の激励は僕の勇気になっていた。


 ソメリアに鐘の音が鳴り響く。つまり、あと五分後にはアテナに転移されるはずだ。僕は最後に父さんと母さんに向き合った。母さんの目は少し潤んでいたが、僕は気が付かない振りをする。そうしないと、きっと僕も泣いてしまうから。


「ユーリア。伝えたいことは昨日全部伝えた。だから、今はこれだけ言わせてもらう。頑張ってこい。それでもしも、どうしようもないくらい疲れたなら‥‥‥さっさと帰ってこい」

「帰ってこいって、父さんらしいね。‥‥‥分かった。もし本当にどうしようもなくなったら、とんでもない速さで帰ってくるよ」

「あぁ、それでいい」


 アテナに入学する息子に向かって帰ってこいなんて言葉を送る人はきっと父さんぐらいだ。でも、それが僕を想ってこその言葉だということはすぐに理解できた。


「あなたが思っている以上に、一人暮しは大変よ。でも、どんなに面倒くさくても一日三食食べることだけは忘れないで。分かった?」

「母さん、分かってるって。アテナには食堂があるから大丈夫だよ。絶対三食食べるから」

「あと、野菜はしっかり食べなさいよ」

「……善処するよ」

「食べなさい」

「……はい」


 自ら野菜を注文し、野菜を食べなければいけないのか。まるで拷問じゃないか。アテナで暮らすにあたって最も大きな壁はこれかもしれない。

 その後、母さんから一人暮らしについて一言二言三言‥‥‥とありがたい助言をいただいていると、突如として地面が光り輝いた。


「うわっ!」


 驚きのあまり声を上げつつ地面を見ると、そこには大きな魔法陣が展開されていた。間違いない。魔法陣の知識はないけど、これはアテナへの転移魔法陣だ。


 つまり―――。


「―――ついに、アテナにっ!!」


(ついに行くんだっ!!アテナにっ!!)


「ユーリア!!行ってこい!!」

「行ってらっしゃい!!」


(何をやっても平凡な自分がなんとなく嫌いだった。そんな自分をずっと変えたくて、でも変える勇気もなくて)


「父さん、母さん―――」


(そんなとき、突如として降って湧いたこのチャンス。僕はこのチャンスを、絶対に逃したくない!!逃してしまえば、一生後悔する気がするから!!)


(だからっ!!)


「―――行ってきます!!」


 そうして、僕の視界は光に包まれた。




 光が収まったことを感じた僕は恐る恐る目を開けた。


「ここが……アテナ」


 目の前には大きな門が聳え立っていた。その門の中央にはライグランド国民の誰もが知っている刻印、ライグランド王印が刻まれており、そのすぐ下には『国立魔法学園アテナ』と文字が書かれていた。また、門から左右に果てしなく伸びている石壁はその終わりが見えない。


 アテナを前にして、これからどのような生活を送っていくのだろうかと、そんなことを考える。正と負、様々な感情が僕の中で荒ぶっているが、いつまでも門の前で佇んでいるわけにもいかない。


「ふぅ……よし、行くか」


 平凡な自分を変えるために、僕はアテナに向かって力強く一歩を踏み出した。その瞬間、僕を歓迎するかのように門がゆっくりと開き始める。

 いきなり門が開いたことに驚いた僕は思わず立ち止まり、門の先を凝視する。すると、そこには一人の女性が立っていた。


「ようこそ、アテナへ。歓迎するよ、ユーリア・ファンブル君」


 僕の学園生活が今、始まろうとしていた。

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