招待状

 響き渡る鐘の音が勇者生誕祭レイ・バースの始まりを告げた。すでに街道は人に溢れ、たくさん並んでいる屋台からは食欲をそそる香りがこれでもかと漂ってくる。興味がある屋台には事前に目星をつけていたにもかかわらず、思わず足を止め引きつけられてしまう。


「ユーリア、アリエリさんとこの屋台はこの辺りだったか?」


 僕がつい『焼きクラーケン』の屋台に目を奪われていると、僕の父さん――グレイがアリエリおじさんの屋台について尋ねてきた。アリエリおじさんは毎年『サンマの塩焼き』の屋台を出している魚屋の店長だ。そして、12年前にソメリアから出たアテナ入学者の父親でもある。


「今年の屋台はもう少し進んだところの左側に出してるよ」

「おっ、じゃあ後ちょっとの辛抱だな。あぁ、早くアリエリさんが焼くサンマが食べたいなぁ」

「あなたってば、本当に物好きね。あんな塩辛いサンマ、よく食べれるわ」


 父さんに対して呆れた表情を浮かべる女性は僕の母さんであるアーリアだ。


「それがいいんじゃないか。あれを一年に一度だけ食べるのが最高なんだ。ビールと一緒にな」

「はいはい。今日だけは特別よ?好き勝手飲み食いしなさい」

「イエス、マム」

「ユーリアも今日は好きなものを好きなだけ食べていいからね」

「好きなものを好きなだけ……つまり、野菜を食べたくてもいいっ!!母さん、本当にありがとう!!」

「大げさね。どれだけ野菜が嫌いなのよ……」


(野菜を食べなくていいなんて!勇者生誕祭レイ・バースはやっぱり最高だ!)


 母さんから言質を取った僕はその後、思う存分祭りを楽しんだ。スライムが材料の濃厚スープ『スラスープ』、特製ダレで焼いたクラーケン『焼きクラーケン』、そして、パドンおじさんの『オークサンド』。たくさんの屋台を巡り、たくさんの料理を食べて回った。


 そうして一時間ほど過ごしたとき、ソメリアにとある異変が訪れた。


「え……あ、あれって……」


 誰かが空を見上げた。そして、それは波紋のように周りに伝播していき、気が付けばソメリアの全住民が空を見上げていた。


 ――黄金の光を纏う一匹の鳥を見るために。


 先程までの喧騒が嘘のように都市全体が静まり返り、視線は黄金の鳥に集まった。しかし、人間の視線など一切気にならないのか、黄金の鳥は悠々と上空を飛んでいる。


「あれは……アテナからの招待状だ‥‥‥」


 その呟きによって息を吹き返したかのようにソメリアは音を取り戻した。静まりかえっていた都市は一転、騒めきに包まれる。


「おいおいっ!この都市から出るのか!?アテナ入学者が!」

「そうなったら12年振りだな。だが、いったい誰が……」

「鍛冶屋の倅じゃねぇか?たしか名前は……そう、ダンドンだ。なかなか優秀だって聞いたぜ?」

「いやいや、うちの息子って可能性もまだあるだろ?」

「それはねぇな」

「人の息子に向かってよくそんなこと言えたなお前」


 いったい誰がアテナからの招待状を受け取るのか、ソメリアはそんな話題で持ちきりになり、中には賭けを始める者もいた。そして、住民達の期待に応えるかのように、黄金の鳥は高度を落とし始めた。


「鳥が降りてくるぞ!」

「誰だ!?いったい誰の下へ行こうとしてる!?」


 住民達の視線は鳥が左に動けば左に、右に動けば右へと移動する。それほどまでに、黄金の鳥は注目を集めていた。視線を一手に引き受けるその鳥は徐々に地面へと近づいていき、そして、気が付けば僕の目の前に降り立っていた。


(……僕の目の前に?)


「……え?」


 僕が突然の出来事に呆然としている間に、なんと黄金の鳥は人の言葉を話し始めた。


『ユーリア・ファンブル。あなたはライグランド第40代国王、アルダイン・レイ・ライグランドによって類稀なる才能があると認められました。よって、国立魔法学園アテナへの入学を許可します。本学への入学を希望する場合、明日から一か月以内に入学手続きを行ってください』


 黄金の鳥から女性のものと思われる凛とした声が発せられるが、最早そんなことは気にならない。


(僕がアテナに入学……?本当にそんなことがあり得るのか?)


 そんな疑問で頭がいっぱいだ。


「ちょ、ちょっとあなた!ユーリアが!ユーリアに招待状が!!ど、どうしましょう!」

「あばばばばっ!ゆ、揺らすな!あ、頭がおかしくなる!おかしくなるからっ!!」


 僕の隣では母さんが父さんの肩を掴み、激しく前後に揺らしていた。その影響で父さんの脳みそは今にもグチャグチャになってしまいそうだ。


『その他、入学に関する詳細は今から渡す書類でご確認ください。それでは、ユーリア・ファンブルの入学を心からお待ちしております』


 そして、黄金の鳥は大きな輝きを放った後、姿を消した。気が付けば少し中身が膨らんでいる封筒が僕の手に握られていた。


「……ぼ、僕がアテナに……」


 そう呟きながら唖然としていると、突如背中に衝撃が走った。きっと誰かに叩かれたのだろう。僕が後ろを向くと……。


「やったじゃねぇか!薬屋の坊主!!」


 背中に走った衝撃の正体はパドンおじさんの大きな手だった。そして、パドンおじさんの言葉を皮切りに、多方面から激励の言葉がかけられる。


「おめでとう!アテナでも頑張れよ!」

「ユーリア!お前すげぇじゃねぇか!正直驚いたぜ!」

「ソメリアの名をアテナに轟かせてこい!」


 その言葉の数々は、僕の心にじんわりと沁みていった。正直、なんで平凡な僕がアテナに選ばれたのか分からないし、今でも夢なんじゃないかって思ってる。それに、アテナでうまくやっていける自信なんて僕にはない。いや、きっとアテナに行けばうまくいかないことだらけだろう。でも……そうだな。まだ入学する覚悟を決めたわけではないけど、ちょっと前向きに考えてみようかな。皆の言葉のおかげで、そう前向きに思うことができた。


「うちの息子が、あ、アテナに!!あなた!どうしましょう!どうしましょう!!」

「だから揺らさないで!!揺らさないでぇええええええ!!」


(‥‥‥でも、まずは母さんを落ち着かせなきゃな。父さんが死んじゃう前に)




 国立魔法学園アテナ。その職員室にて、職員会議が行われていた。その面子は部外者が見れば絶叫するほどの錚々たる顔ぶれであった。


「さて、招待状の方はどうじゃった?無事に届いたか?」

「はい。招待状が200人全員に届いたことが先ほど無事確認されました。また、入学辞退者が出た時に備えて、予備の招待状も用意しております」

「うむ、よろしい。まぁ断る者はいないじゃろうが、念には念をじゃな」


 白髪の生えた老人と眼鏡をかけた妙齢の女性の会話に、教職員一同はほっとした様子を見せる。無事に招待状が届いて一安心したのだろう。そんな中、会議中にもかかわらず机に頬杖をついた男性が、妙齢の女性に向かって退屈そうに声をかけた。


「それで、今年の入学者はどうなんだ?面白そうな奴はいんのか?」

「入学者に対して面白そうとは不適切な表現であると思いますが、まぁそこには目を瞑りましょう。‥‥‥そうですね。例年通り優秀である、といったところでしょうか」

「つまり良くも悪くも、毎年と同じってところか。俺、現状維持って言葉が一番嫌いなんだよなぁ」

「……いえ、そういえば一人いましたね。あなたの言う、“面白い生徒”」

「お、そいつはいったいどんな奴なんだ?」

「少々お待ちください」


 妙齢の女性は手元に置いてあった書類を手に取り、いくつかページをめくった。


「あぁ、ありました。……名前はユーリア・ファンブル。商業都市『ソメリア』出身。認められた類稀なる才能は――類稀なる『平凡さ』です」

「‥‥‥へぇ、そいつは面白そうだ」


 アテナ入学者、ユーリア・ファンブル。その才能は――類稀なる『平凡さ』。

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