魔法学園アテナ
雨衣饅頭
第一章 アテナ入学編
黄金の羽ばたき
勇者の誕生を祝う年に一度の祭り、『
屋台を巡り、名物料理を食べて回り、三歩歩けば友人と出会い談笑をする。そうして一時間程が経ったとき、祭りが行われていた商業都市『ソメリア』は突如異様な雰囲気に包まれた。全ての人間が静かに夜空を見上げていたのだ。屋台で料理を作っていた酒場の大将も、母親と手を繋ぐ幼子も、先ほどまで友人と談笑していた僕でさえも、一言も発さずに空を見上げていた。そんな僕達の視線の先には、一匹の鳥が飛んでいた。黄金の光を纏った鳥が‥‥‥。
「あれは……『アテナ』からの招待状だ‥‥‥」
そう誰かが呟いた。
中央大陸全土を占める大国『ライグランド』。その南部に位置する中規模の商業都市ソメリアは、いつにも増して活気に溢れていた。それもそのはず。今日は
そんな街中を、中性的な童顔に癖のある茶髪、華奢な体が特徴的な少年――僕ことユーリアが呑気に歩いていると、友人に声をかけられる。
「おっ、ユーリアじゃん。なんかすげぇ暇そうだな」
話しかけてきたのは僕の友人であるノースだった。
「おはようノース。‥‥‥そんなに顔に出てた?」
「あぁ、誰がどう見ても暇そうな顔してたぞ。全く、羨ましい限りだぜ」
「羨ましい?……あぁ、そっか。たしかノースは今日、お父さんの屋台を手伝うんだっけ?」
「そうなんだよ。本当は祭りを楽しみたかったんだけど、最近親父の店の従業員が一人辞めちゃってさ。そのせいで屋台を手伝わなきゃいけなくなったんだ」
「うわぁ、それは大変だね。十五歳の
「ほんとだよ。なんで十五歳の今日に限って屋台の手伝いなんかしなきゃいけないんだって感じだよな。‥‥‥まぁ、特別って言っても、正直俺らには関係ない話だけどさ」
「はは、それはそうだね」
勇者の誕生を祝う祭り、
ライグランドが誇る世界最高峰の教育施設アテナからの招待状が届く日。それが
(……ノースの言う通り、僕のような平凡な人間には関係ない話だ)
「おーい、ノース!これ運ぶの手伝ってくれ!」
「はーい!‥‥‥すまん、親父に呼ばれたから行ってくるわ」
「うん、またね」
「おう、また。‥‥‥おっと、そうだった。ユーリア、祭りが始まったらうちの屋台来いよ!割引はしないけど!」
「はは、考えておくよ」
屋台の設営の手伝いに向かったノースの背中を見送り、僕は再び歩き出した。この街は商業都市なだけあり、多種多様な店が存在する。それゆえに、祭りの際に街道に並ぶ屋台の数も相当のものであるため、祭りを楽しむためには下見が欠かせない。どこにどのような屋台が出るのかを人が比較的少ない午前中に把握し、あらかじめ良さそうな屋台に目星をつけておくのだ。これが地元民のみ知る祭りの真の楽しみ方である。
そうしていくつかの屋台に目星をつけていると、またもや知り合いに声をかけられる。
「薬屋の坊主じゃねぇか!屋台の品定めか!?」
大きな影が僕の体を覆う。大柄な体つきで僕を見下ろす彼は肉屋の店長、パドンおじさんだ。
「はい、いくつか目星をつけとこうと思って」
「そうか!うちも今年は屋台出すからよ!よしなに頼むぜ!」
「へぇ、何の料理を出すんですか?」
「特製ダレに浸したオークの肉をパンに挟んだオークサンドだ!どうだ!?うまそうだろ!」
「おぉ、確かにおいしそうだ……」
パドンおじさんの肉屋が販売している特製ダレは絶品であり、都市外から買いに来る人もいるくらいだ。ソメリアでは最も名のある肉屋だろう。
(でも、正直祭りで食べるには重すぎるかもな……)
僕がそんなことを考えていると、パドンおじさんが感慨深いような表情で頷いた。
「それにしても、坊主ももう十五か。アテナから招待状が送られる年じゃねぇか。あの頃はあんなに小さかったのに、時が経つのは早いなぁ。」
「パドンおじさんももう五十ですよね。あの頃はあんなに髪が生えてたのに……。ほんと、時が経つのは早いですねぇ」
「いや俺の髪の毛で時の早さを感じるんじゃねぇよ。……ってか、坊主はいつも通りだな。もっとこう、ソワソワしたりワクワクしたりしないのか?なんたって今日はアテナから招待状が届くかもしれないんだぜ?」
「うーん、正直僕には関係ない話ですね」
「ったくよぉ、最近の若者は現実的だなぁ。まぁそう思うのも無理ねぇか。なんせ、最後にソメリアからアテナ入学者が出たのは十二年も前だからなぁ」
十二年前。僕が三歳の時だ。記憶はほとんどないけど、確かあの日の勇者誕生祭は大騒ぎだったような気がする。
(招待状を受け取ったのは誰だったかな。たしか……)
「たしか……魚屋の店長の娘さんに招待状が届いたんでしたっけ」
「そうそう。懐かしいぜ。あの時は大騒ぎになったもんだ。しかもあの嬢ちゃん、アテナを卒業して今は王城で働いてるらしいぜ。すげぇよな」
「王城で‥‥‥。住んでる世界が違いますね」
「まぁ実際、俺達とは見てる世界が違うんだろうよ。魚屋の嬢ちゃんもソメリアでは群を抜いて優秀だったからなぁ……。っと、そろそろ屋台を組み立てねぇと。それじゃ坊主、祭りで会おうぜ!」
「はい、屋台頑張ってくださいね」
「おう!世界一美味いオークサンドを作ってやるぜ!」
そうしてパドンおじさんは屋台の組み立て作業を始めた。僕はその後、屋台が出店する街道を一通り見た後、昼頃に帰宅するのであった。
ライグランドを照らしていた太陽が沈み始める。それと同時に、国中にいくつもの鐘の音が響き渡った。
そしてその一時間後、世界最高峰の教育施設アテナから何百もの黄金の光が放たれる奇妙な光景が、近隣の都市から目撃された。
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