勇者アレックス~精霊との出会い~

満月の月明かりに照らされた剣。

それを振り下ろした瞬間、俺は不思議な気配に飛び退った。

先ほど剣を振り下ろした場所、そこに月光が集まっていくかのような光景に、俺は目をみはった。

月光は集まり、ぼやけた輪郭を作り、それは徐々に明瞭な姿を表していく。

それは一人の男の姿。

右の目元だけが隠れるほど長い左右非対称に伸びた髪、メガネをかけ、上下がセットで揃った質の良い服を着たネクタイ姿の男性の姿があった。

そのどこか格式張った、しかし見たことのない姿、そして今まで出会ったことのない気配に、俺は少し気圧されていた。


昔、「精霊」というものについて聞いたことがある。

誰もいないところから、急に人が現れたことがあるらしい。

その大きさは大小様々のようだが、その姿はこの世界のものとはどこか違うものがあるそうだ。

そして、その精霊と出会った者は、大きな力を得ることができるとも聞いたことがある。


その精霊が目を開けた。

精霊の紫の瞳は、辺りを見回し、そして精霊が持っている革表紙の本を見て、最後に俺を見た。


俺の本能が「今しかない」と訴えていた。

「月の精霊、頼みがある」

俺は、精霊をまっすぐ見た。

「俺にプライドを超える力をくれ!」

俺の言葉に精霊の目が見開く。


そして、言葉を発した。

「ちょっと待って、何を言っているんですか?」

それは、困惑した人のそれであった。



・・・

それから精霊と話をした。

精霊の名前はスイコウということ、俺は勇者として国に認定されたこと、勇者プライドを超えたいこと。

幼馴染でもある彼女を危険な目に会わせたくないという思いを持つものの、力が足りないこと。

才能のあるプライドに対して、才能のない自分が嫌になったこと。

勇者という職業柄、才能があればあるほど危険な目に遭うことがことが多くなること。

これ以上プライドを危険に晒したくない、自分が代わりに戦いたい、彼女を守れるような力が欲しい等。

そんな、誰にも言えなかった思いを。


「それで、力が欲しいと月に願ったら、私が現れたと」

「はい」

「なるほど…」


スイコウは皮表紙の本を開く。

そして、一つ息を吐くと、俺の目を見てくる。

その視線は俺の心も覗き込むかのように真っ直ぐだった。


「アレックスさん、これからの計画について教えてください」


「計画?」


一体何のことだろう?


「ええ、プライドさんを超えるために何をしようと考えているか知りたいのです」


「ああ、なるほど」


簡単な質問だった。

プライドを超えるためにできることと言ったら、決まっている。


「修行して鍛えようと思うんだ」


「修行?」


「おう、修行して強くなればきっと、プライドを守れるから」


それは本心であった。

しかし、スイコウは少し苦い表情を浮かべている。


「具体的には?」


「え…?」


「ですから、具体的にはどうやって強くなるのですか?」


その質問は予想していなかった。

スイコウにとっては、ただ鍛えるというだけでは不十分だったらしい。


「えっと…、剣の稽古をして…。それから…」


いきなりの質問だったから、動揺が隠せない。

ぱっと出てくるもの全てを挙げようとしたが、途中でスイコウに止められた。


「アレックスさん、いいですか? まず必要なのは、目標を明確に設定することです。一度整理してみましょう」


スイコウは本を開いて文字を書いていくと、俺に見えるように示した。

そこに書いてある言語は見たことないものであったが、不思議と内容が理解できる。


・達成したい目標「(   )でプライドを超える」

・具体的な方法「  」

・成長を測る方法と基準「  」

・目標達成までの期限「  」


空白の多い内容であったが、きっと今からこのページを埋めていくのだろう。

計画を立てるのに、これだけの内容を埋めないといけないのかと思うと、少し面倒にも感じる。


「面倒そうな顔をしていますが、目標を持って計画を十分に立てないことによって、多くの人が失敗してきたことに気づいていますか?」


スイコウは言葉を続ける。


「例えば、子どもの頃に憧れた仕事です。多くの子どもがスポーツやエンターテイメントの世界でトップの仲間入りすることを願っています。つまり、好きなことをして、楽しく、しかもお金持ちになりたいと願うのが子どもです。しかし、現実はというと、その夢を叶えることができる人はほぼいません」


スポーツ、エンターテイメント、知らない言葉のはずなのに不思議と意味が分かる。


「他には、痩せたい、もっと楽に暮らしたい、お金持ちになりたい、なども当てはまるでしょう。こういった願いを持つ大人も多いのですが、それを叶えるための計画を立てている大人は一体どれだけいるでしょうか?」


これは、よく分かる。

村の大人たちがよく言っていることだ。

昔は痩せてて美人だったとか、私も痩せればまだまだ、と雑談するおばちゃん達。金脈でも掘り当てられたらだとか、今年の冬も厳しいと言いながら、毎年村人総出で冬支度をする村人達。

村と生きて村と死ぬ、それが当たり前と思っている人々。

生活を楽にしようと行動している人の少なさを、スイコウに言われて思い出した。


「逆に成功している人は、明確な目標を持ち、計画を立てている人がほとんどです。例えば商人を考えてみましょう。成功している商人は無計画に商品を仕入れたりするでしょうか?」


「無計画に仕入れるということは、売れないものも仕入れるってことだろ? 成功しているっていう位だから、そんなことはないんじゃないか?」


「ええ、その通りです。商人は様々な情報を集めて、季節や行事に合わせて計画立てて売っています。夏に売れるものや冬に売れるものなど、色々ありますよね。そのように毎年の仕入れや販売の計画を立てることで、商人は利益を積み重ねることができるのです」


「でも、いつも上手くいく訳じゃないよな」


「そうですね。そんなときは、計画を修正すれば良いだけです」


「修正?」


「ええ、計画は修正することができます。うまくいかない場合、どうして上手くいかなかったのかを考えることで、軌道修正することができるのです。例えば、商人が年間で一千万円稼ぐという目標を計画を立てたとしましょう。しかし、商品Aが当初予定していた街で売れないということもある訳です。そんな時、商人はどうしたらいいと思いますか?」


「それなら、他の場所で売ればいいんじゃないか?」


「その通りです。他の場所で売る、高く売れるまで保管する、安く売って高く売れるものを仕入れ直すなど、例え方法が違っても、同じように目標を達成できるのであれば、その計画や方法は変わっても良いのです。」


「なるほど。計画通りにいかなくても、そこから上手くいく方法を考えれば良い訳か」


今までこんな風に目標の重要性や計画の立て方を教えてくれる人はいなかったように思える。


「ええ、だからこそ、何かを変えようとするなら、明確な目標を立て、その目標を達成するための計画作りをするのです。今までと同じことをしていては何も変わりませんから」


俺は、スイコウの言葉に頷くことしかできなかった。

身に覚えがありすぎたからだ。


俺もまた、プライドを超えたいと思っていた、だけどやっていたことは村人たちと何が違っただろう。

今までは目標もなく、ただひたすら毎日同じように、剣を振る、体を鍛える、それだけしかしていなかった。

きっとそれだけでは、ダメなんだ。


「・・・分かった。計画を立てようと思う」


俺がそう言うと、スイコウは本のページを指さしながら聞いてくる。


「まず聞きたいのは、プライドさんを超えるというのは、何で超えるのですか? 剣?魔法?それとも別の道でしょうか?」


「ええと、剣で」


「剣でならプライドさんを超えることができるかもしれないのですね?」


「・・・いや、多分無理だ。プライドは俺よりも遥かに剣の才能があるから」


「なら、何なら超えることができそうですか? 今までの経験上、プライドさんよりあなたの方が優れていた部分を探してみましょう」


そう言われると難しい。

いや、確実に俺の方が得意というものもあるのだが、それが関係あるのかの判断がつかない。

それに今までの経験と言ったって、子どもの頃に一緒に過ごしたことを除けば、成人に近づいてからはほとんど交流もなく、それぞれが剣の道を進み、鍛えていったのだから、才能のあるプライドと比較して俺の方が優れている部分を見つけるのが難しい。

俺が言葉に悩んでいるとスイコウが言葉をかけてくる。


「では、二人が子どもの頃、どんな遊びをしていたかを聞かせてください」


「どうして子どもの頃なんだ?」


「子どもの頃に得意だったことというのは、大人になってもその人の長所であることが多いのです。そのため、今に得意を見いだせないときは、過去に遡って探してみることも効果的なんです」


そういうものかと思い、話し始める。


「子どもの頃は一緒に野山を駆け回ってたな。他に遊ぶ場所なんてないくらい田舎だから。最初の頃、プライドは森を怖がっていたから俺が一緒にいてやったんだ。毎日毎日山で遊んでる内に、プライドも慣れてきて、それからは一緒に走り回って…。時々、一緒にウサギ狩りをして捕まえたりもしてたんだ」


「ウサギ狩りでは何を使っていたのですか? まさか剣という訳ではないでしょう?」


「使っていたのは、罠とか弓だ。うさぎが逃げる道に罠を仕掛けることがほとんどだったけれども、罠を仕掛けにくい場所では弓を使うことも多かったな。プライドは弓が下手だったから、いつも追い立て役を任せて、俺が弓で仕留めてたんだ。俺達が組んで獲物を逃がすことはほとんどなかったな。そういう意味で、俺の方がプライドよりも弓の腕はいいのは間違いない」


スイコウはペンを持ち、何かを本にメモしていた。


「うさぎを弓でとなると、かなり腕が良いのですね。的も小さいですし、動き回るうさぎとなると大変でしょう」


「コツがあるんだよ。うさぎが行きそうな場所だとか、どう動くかを予想すればいいんだ。なんなら俺は鳥にだって当てられるぜ」


「それなのにどうして弓を使っていないんですか?」


「そりゃ勇者といったら、剣を使って戦うのが当たり前じゃないか。それに王様から認定をもらったとき、こんなにいい剣を貰ったんだ。これを使わないのはもったいないだろ?」


そう言うと、俺は抜き身の剣を見せる。

月光を反射して輝く剣。

それを見て、スイコウは「ほう」と興味深そうに声を上げる。


「アレックスさん、剣の道を諦めましょう」


「はぁっ?」


思わず素っ頓狂な声が出た。

そんな俺をスイコウがまっすぐ見てくる。


「あなたがプライドさんを超える道は、剣ではなく、弓と予測能力です」


その強く確信めいた言い方に、俺は何も言えずにスイコウの次の言葉を待った。


「アレックスさんの話を聞く限り、アレックスさんは自らの長所を捨てています。得意でない剣に集中するのではなく、素晴らしい力を持っている弓の方に集中する方が良いです。それに、それよりもすごいのは並外れた予測能力です。罠での狩りから見られる獲物の動きを読み切る力、そして精確な狙撃。それら二つの力こそが、アレックスさんの長所であることは間違いありません。だからこそ、その力を眠らせておくのではなく、あなたの持つ弓と予測の力を活用してプライドさんを超えてみませんか?」


弓は確かに自信があった。

しかし、勇者の武器の代名詞と言えば優れた剣技。

勇者同士の模擬戦など、それら全てが剣で行われてきた。

そこに、弓で挑んだ勇者なんて今まで一人も聞いたことがない。

それでも、俺がプライドに勝つための方法を探すなら、剣よりも弓の方が可能性があるのは確か。

今まで目標を達成するために、剣を使ってきたけれどダメだった。

なら、ここで方法を変えるのもありなのではないか。


俺は覚悟を決めて首を縦に振った。


その瞬間、スイコウの本のページが光を放ち始めた。


俺の視線は本へ向く。

そこには、先程見たものに言葉が追加されていた。


ーーーーーーーーーー


✓達成したい目標「弓と予測でプライドを超える」

・具体的な方法

 ① 弓を手に入れる

 ② 弓を使って人と戦う

 ③ 人の動きを読む

 ④ プライドの事を知る

・成長を測る方法と基準「プライドに勝利する」

・目標達成までの期限「    」


ーーーーーーーーーー


よく見ると、言葉が追加されただけでなく、「達成したい目標」の項目にチェックマークが付いていた。

これは、目標については答えが出たということで良いのだろうか。


「でも、弓と予測で超えると言ったって、俺はどうしたらいいんだ?」


俺の疑問にスイコウは答える。


「方法はいくつかありますが、その前にお聞きしたいことがあります。いつまでにプライドさんを超えるのかということです。ここが決まらないことには話が進みません」


「どうしてだ?」


「例えば、今日戦って勝ちたいならば、奇襲や不意打ちといった方法が必要になってきます。弓もこの時間では買えないでしょうし、そうなると盗んでくるしかありません。そうだ、矢や食事に毒を仕込んでおくのも良いかもしれませんね。しかし、そうやって勝ちたいですか?」


「俺はそんな超え方は望んでない!」


「だと思います」


精霊はスッパリと断言し、言葉を続ける。


「だからこそ、プライドさんを超えるための計画を立てるためには、いつ超えるのかという事を決めることが大切なんです。」


「ええと…。なら三ヶ月後だ。三ヶ月後に勇者達が集まる交流会がある。交流会といっても成果や実力のお披露目会みたいなものだ。俺はそこでプライドに決闘を申し込む」


再び、本のページが光を放ち始めた。


ーーーーーーーーーー


✓達成したい目標「弓と予測でプライドを超える」

・具体的な方法

 ① 弓を手に入れる

 ② 弓を使って人と戦う

 ③ 人の動きを読む

 ④ プライドの事を知る

✓成長を測る方法と基準「プライドとの決闘での勝利」

✓目標達成までの期限「三ヶ月後の勇者交流会終了後まで」


ーーーーーーーーーー


「分かりました。では、具体的な方法について考えていきましょう。これからの方針として、まずは、弓をどうするかです。今は弓を持っていないようですが、プライドさんと決闘する際に使う弓はどうしますか?」


「うーん、俺の弓は村にあるけれど相当ボロだから、戦闘用となると弓を新しく買うしかないな」


「剣を王様に貰ったのなら、弓をもらうことはできないのですか?」


「え、あー、どうだろう。最初から剣を渡されることが決まっていたから、他の武器を貰うとは考えたことがなかったから分からない。でも、サポートするとは言っていたから、多分手に入ると思う」


「それなら、まずはそこからあたってみましょう。仮に手にはいらなかった場合は、借りるなり、誰かのお古を譲り受けるなどができたらよいですね。次に弓での戦いについてですが」


「それなら、俺に考えがある。王城には弓兵の部隊があるんだ。そこでの訓練に混ぜてもらえないか相談してみようと思う。そこでなら、弓を使った戦闘方法について知っているかもしれない」


俺の言葉に、スイコウが頷くと、本が今まで以上に強く光った。


「おっと」


そんなスイコウの驚く声がする。


ーーーーーーーーーー


✓達成したい目標「弓と予測でプライドを超える」

・具体的な方法

 ✓① 弓を王城にもらいにいく

 ✓② 弓兵隊に混じり、訓練を行う

 ✓③ 人の動き読む精度を上げるために、組み手を行う

 ④ プライドのことを知る

✓成長を測る方法と基準「プライドとの決闘での勝利」

✓目標達成までの期限「三ヶ月後の勇者交流会終了後まで」


ーーーーーーーーーー


「概ね決定したようですね。唯一、プライドさんのことについては決定していませんが、これはアレックスさんへの課題としましょう。プライドさんのことを知り、自分のことを知っていくことで目標達成は近づいていくことでしょうから」


そこまで言うと、スイコウは光を放つ、その本のページを私に差し出してくる。


「忘れないでください。計画は変わっても良いんです。だけど、自分の目標はいつもあなたの行動の最終判断ラインです。決して自身の目標から目を離さないように」


「分かった」


そのページを受け取ると、そのページの光は俺の体の中へと吸い込まれていく。

頭の中に、目標が刻まれるようなその感覚、そして俺の視線は満月を背に立つスイコウへと吸い込まれていく。


「アレックスさん、あなたのたゆまぬ努力に期待します」


その言葉を最後に、スイコウの姿は月光となって解けていく。


「ああ、やってやるさ」


俺が返事をすると、最後にふっと笑みを浮かべて居なくなった精霊。


まるで夢かのような時間。

しかし、手元には、満月と本の印が施された、一枚の紙が残されており、それが現実であったことを告げていた。

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