勇者アレックス~過去と課題~
プライドと初めて出会ったのは、十年前のことだった。
当時六歳だった俺は、遊ぶものも特にない山村に生まれ、村の子どもたちにはよくあることだが、毎日のように山を駆け回っていた。
そんな夏の暑い昼下がり、珍しいことに村に新たな住人がやってきた。
それがプライドたち一家だった。
年下集団のリーダーだった俺は、村に来たばかりの同い年のプライドと半ば強引にではあったが、一緒に遊ぶようになった。
山での過ごし方も、最初はへっぽこだったプライド。
いつも俺がプライドを引っ張っていき、山の歩き方から野草や山菜の種類や見分け方まで山に関することは何でも教えた。
他には何もない小さな村だったので、それからは毎日のように一緒に遊び、瞬く間に八年の月日が流れた。
そこまでは、良かったのだ。
そのままお互いに何も知らず、ただの友人であれたら。
俺とプライドが少しずつ噛み合わなくなっていったのは、成人を迎える十五歳になる少し前の話だった。
その日、俺とプライドの二人は森の中を走り回っていた。
子ども時代とは異なり、遊んでいる訳ではない。
森の中に現れた異変を調べるためだ。
今は他にも村人たちの中から何人かが代表して、山の中を探し歩いていた。
皆が共通して持っていたのは弓や短刀、合図として用いられる破裂音を立てる信号弾、そして水筒のみ。
俺たちは、小さい頃から森の中を走り回っていたから、これくらい簡単な仕事だと思っていた。
「!!!!!!!」
魔物の雄叫びを聞くまでは。
そして、運の悪いことにその雄叫びは、俺のすぐ側で発せられたものだった。
俺がその方向を見るとそこには、巨大な熊の魔物の姿があり、魔物は既に腕を振り上げていた。
俺が飛び退いた場所に魔物の一撃が放たれ、大地を叩く。
その衝撃で地面が揺れたような気がした。
俺は決死の思いで弓を構えた。
その巨体にどれだけの効果があるかは分からないけれども、何もしないよりはましだ。
矢を矢継ぎ早に放つも、体毛に阻まれ、体にも、首ですら刺さらない。
他に刺さりそうな場所と言えば目や口内だろうかと、飛び下がりながら狙いを絞って矢を放つ。
「グァッ!!」
その矢は魔物の右目に突き刺さり、魔物の悲鳴に似た叫び声が響く。
しかし、魔物は手傷を負ったためか、先ほどまでより強い敵対心と殺気を前面に出して戦闘継続の姿勢を取っている。
このままではマズイ。
俺が恐怖に呑まれようかという最中、魔物の耳元で大きな破裂音がした。
それは、プライドが投げた、危険を知らせるための信号弾だった。
魔物はその破裂音に少し怯んだ様子だったが、敵意を損なうことなく、こちらに向かって仁王立ちして歩を進めてくる。
そんな魔物と俺の間に割って立つ影があった。
「何してんだ!プライド!」
プライドは短刀を片手に構えて、自身よりも二回り以上大きな魔物と向き合っていた。
「アレックス!援護をお願い!」
その言葉に、俺は悔しいが、少し安堵したことを覚えている。
「くそっ、分かったよ!やればいいんだろ!」
虚勢だと分かっている。
だけど、俺はそうするしかなかった。
勇気が、力がなかったんだ。
俺は魔物の視界の外へと外れるため、魔物の潰れた右目の死角へと駆け出す。
そして、再度弓を構えた。
それからの戦いを俺は忘れることはできない。
矢が刺さらなかった魔物の皮膚を短刀で切るプライド。
矢が刺さらないぐらいだから短刀で切れるはずない、そう思っていたにも関わらず、プライドはいとも簡単に切り裂いてのけた。
「私がアレックスを守る!!」
そのプライドの言葉が今でもまだ頭に残っている。
今まで引っ張ってきたのは俺のはずなのに、プライドは女で、俺が守らないといけないはずなのに。その時から、プライドの背中がやたら大きく、そして遠くに行ってしまったように感じたんだ。
魔物を撃退してからというもの、村の中でプライドは勇者候補としての地位を確立していった。
当の本人は「アレックスの援護があったおかげでできたこと。私だけじゃできなかった」と言っているが、俺は分かっている。
プライドはきっと、一人でも何とかしたはずだ。
なんせ、俺なんかよりも、ずっと凄いやつだったんだから。
それから、何だか少し気まずくなって、一緒に遊ぶことも減っていった。
プライドは剣の稽古を始め、俺はそんなプライドを何だか直視することができずに、山へ行くことが多くなった。
それから、成人して勇者に選ばれてからというもの、プライドはランキングをたった一年で駆け上がり、一線級の名誉を受け取っている。
それに比べ、俺は下から数えた方が早い、二流、いや三流勇者だ。
元々剣の才能があったプライドと、稽古から、そしてプライドを避けてきた俺。
そりゃ差がでるのは当然か。
過去に俺たちが参加した二度の大規模な魔物討伐では、俺は両方とも早々に負傷し、戦線を離脱した。
そして、そこで知ったのだが、俺はそこそこ強い魔物相手になると一対一では対処できない。
そんな俺がランキングを上げられるわけもなく。
勇者になってから、まともな戦果も上げることができていない俺は、比較的安全な辺境の地で小型の魔物退治ばかりをしているのだ。
自分に力がないのは分かっている。
だけどこれで、どうやって強くなれば良いんだ。
そうやって悩んでいた俺にはひたすらに剣を振ることしかできなかった。
今いる街の人に馬鹿にされても、それ以外の選択肢は俺にはなかったのだ。
プライドを助けてやれる力は俺にはない。
そこから溢れるやるせなさ、不甲斐なさが満月の夜に爆発したのだった。
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