第15話 貴族
容赦無く
更に『浄化』のスキルそのものが成長したのか、ユーリたちのお膳立てがなくても、めちゃくちゃ時間さえかければ一人で『浄化』できるようになった。
この調子なら次の階層でも楽勝だろうと、ユーリたちは更に潜ることにした。
そして歩き進めること数日。
「ここ、本当に地下なの?」
「うん、気持ちはよくわかるよ。疑いたくなるほど青々しい森だね」
「お、キノコ」
「どれどれ?美味しいやつ!?」
たどり着いた場所は、まるで森のように植物に覆われていた。
鬱蒼とした茂みと曲がりくねった木々に囲まれ、花やキノコが生えている。沸き立つ土の匂いが、ここがダンジョンであるということを忘れさせた。
そんな摩訶不思議なダンジョンを練り歩きながら、過去の記憶を順調に思い出しつつあるユーリ。
甦った知識で生い茂る植物を判別し、今後役立つこともあるだろうと採集していく。
そんなユーリの目が、真っ白で艶のある、美味しそうなキノコに止まった。素手で触れないよう慎重にそのキノコを摘み取り、二人に見せる。
「これは『フカクタケ』な。うっかり食うと上下左右前後がわからなって動けなくなるし、ゆっくり毒が回って死ぬから、絶対食べるなよ」
「えっ、危な……。絶対美味しい見た目してるじゃん」
「魔物や動物に意図的に食べられて、殺して、寄生するのがこいつらの生存戦略ってわけよ」
「生き延びるためその身に毒を宿す、か。植物も大変だねぇ」
などという会話をしながら、いつも通り記憶を頼りに誘導するユーリ。
幾つにも別れた複雑な道は、好き勝手生える樹木のせいで尚更複雑になっていた。闇雲に進むだけでは、きっとすぐに迷子になったことだろう。
ユーリの記憶があるお陰で、迷うことなく進める。シエラたちは疑うことなく、その記憶について行っていた。
しかし、ある分かれ道に差し掛かった時、アレックスがその足を止めた。
「アレックス?」
急に止まった足音に、ユーリが振り返る。
いつになく難しい顔つきのアレックスが、首を左右に振った。
「頼む、待ってくれ。そっちはダメだ。……私の『直感』がそう言っている」
「こっちの道の方が歩きやすいんだけど……そんなにヤバいのか?」
「まあ〜アレックスの『直感』が言うならやめよっか」
「そだな。ちょっと歩きにくい道になるけど、ゆっくり行くか」
「ああ、そうしてくれると助かるよ。……なんだかすごく嫌な予感がするんだ」
信頼を寄せる『直感』に従い、三人はあっさり踵を返した。
しかし数分後、その嫌な予感はユーリたちに追い付いてしまったようだ。
背中側から唐突に、不遜な声がかけられる。
「おい!てめぇアレックスじゃないか!?」
「……あぁ」
心底嫌そうな、そして諦めたような声を出し、アレックスが後ろを向いた。
いつものニコニコとした陽気さからはかけ離れたその表情に、ユーリとシエラは驚かざるを得なかった。
「……久しぶりだね、ブライアン」
振り返った先にいたのは、男性一人に女性四人のパーティ。
その中心に立つ、ブライアンと呼ばれた男が笑った。
濃いブロンドの髪を整髪料か何かでテカテカに光らせ、服は過剰に宝石や金糸で装飾されている。その姿はまるで、たった一人で貴族の嫌らしさを体現しているようだ。
光りすぎて
そんな馬鹿馬鹿しいまでに金持ち感を出すブライアンは、コレクションのように両脇に美女を侍らせていた。
長身でスタイルの良い金髪碧眼の女性。
小柄で気の強そうなツインテールの少女。
フリフリのドレスを着た巨乳の女性。
白いローブを纏った黒髪ツリ目の少女。
横一列に並ぶ色とりどりの美女たちも、過剰に装飾された衣服を身に纏い、やたらとギラギラしている。
久しぶりに自分たち以外の人間に出会ったのに、どうやらあまり関わりたくないタイプのようだ。
そう察知したユーリは、そっと気配を消した。
一方で、ブライアンは押し付けがましいほどに存在感を放って喋りだす。
「相変わらずだなアレックスぅ!我が『
「ご心配どうも。この通り私は元気だよ」
いかにも社交辞令といった返事をするアレックス。その脇腹をつつき、ユーリは説明を求めた。
「あいつ誰?」
「彼はブライアン・オーティス・ペブルス。ペブルス伯爵家の二男。そして私をパーティから追い出した張本人だ」
「追い出したぁ?」
ブライアンが下卑た笑みを浮かべる。
「自分の実力不足のせいで俺様についていけなくなったから、頭を下げてパーティから抜けさせてもらったんだろうが!」
「はいはい、そうだったね」
ブライアンはやたらと喧嘩腰だが、アレックスは全く取り合う様子もない。
そのことに腹を立てたのか、ブライアンは隠すことなく舌打ちをする。
「ふんっ!てめぇが抜けてから俺らもいろいろあってなぁ。新メンバーを追加したんだ!どうだ?美女ばかりでうらやましいだろ?やっぱ実力があると、自然といい女も集まってくるんだよなぁ!」
その言葉とともに、白いローブをきっちりと着こなした少女が前に押し出され、肩に手を回される。少女はその手に対しては特に反応することもなく、黙ってユーリたちを睨みつけた。
攻撃的な視線を受け止め、ユーリはその姿から威嚇する小型犬を連想する。
他の女性陣は無表情に、黙って成り行きを見守っていた。察するに、このコレクション扱いはいつものことなのだろう。
ここまでのやりとりで、ブライアンのワンマンパーティだということは、だいたい理解できた。
「……!」
なおその時、少女を見たシエラがわずかに反応していたことには、誰も気がつかなかったようだ。
少女を自慢し終えたブライアンは、次はそっちの番だと言わんばかりに、ねっとりとシエラのことを眺め回した。一通り全身を見た後、その視線は胸と顔を何度も往復する。
欲望丸出しの笑みを浮かべ、ブライアンがシエラに近寄った。
「お前の新しいお仲間は……ふーん、そっちの女は顔も身体も良さそうだな!てめぇにしてはいいセンスしてんじゃねーか!」
「うげぇ……最悪」
嫌悪感丸出しのシエラは自分の体を抱きしめ、視線から逃れるように身を捻る。
そんなシエラを素早く庇い、視線から守るアレックス。
「彼女をそのような目で見るのは止めてくれ。不愉快だ」
「あ?まだそんなこと言って女の点稼ぎしてんのかよ?手を出す度胸もねぇクセに!」
「そうではなくて……」
「それともアレか?てめぇはそっちの趣味だったのか?あぁ?」
嘲笑とともに指を指され、ユーリが矢面に立たされる。
せっかく気配を消していたのに、一斉に注目が集まってしまった。
注目されるのはあまり得意ではないユーリに、十個の瞳が視線を突き刺す。逃げ場は失われ、ユーリは隠す事なくげんなりした。
「なんだ貧乏臭ぇ顔しやがって。どうせ大した生まれでもないんだろ?なぁ?」
「いい加減にしろ。私の仲間を侮辱するな!」
終始侮辱的なブライアンに対し、アレックスがついに怒りを露わにする。
二人が睨み合うその一方で、
「いや、でも……ね?」
「うん」
「正直言うとそっちのお兄さん……」
コレクション美女たちは頬を染め、ユーリとアレックスをチラチラと見比べていた。ブライアンとなんら変わらぬ、品定めするような視線が、上へ下へと移動する。
「悪くない、と言うか、むしろアリですわね」
「アレックスと並ぶと『月と太陽』っていうかぁ」
「どっちもイケメンじゃん♡」
「なっ、テメェら……!」
まさかの女性陣の裏切りに、ブライアンの目が見開かれ、顔がトマトよりも真っ赤に染まる。
ブルブルと全身を震わせるその姿は、どこかで見たことがあるような気がした。
記憶を探りながら「どこで見たんだっけ」と考えていたユーリに、シャッ、という金属音とともに剣が突きつけられた。
「ふざけんなクソッ!おい、スカし野郎!」
「……俺のこと?」
「そうだよ!てめぇ以外に誰がいるんだよクソが!俺様の女に媚売りやがって!てめぇなんかボッコボコにしてやる!」
「えぇ……完全に逆恨みじゃん」
ユーリはやっと思い出した。
ダンジョンに入る前、同じような感じでトレルと決闘したと。
しかし、その時のような緊迫感は一切なく、ただひたすらに面倒臭いという気持ちだけが浮かんでいた。
なんというか、トレル以上に人間性が腐っていそうで、とにかく相手にしたくないのだ。
一方、勝手にハイになっていくブライアンは、聞かれてもいないのに自身のスキルをペラペラと喋りだす。
「なんだその顔は!バカにすんなよ!俺様には超有能スキル『鑑定』があるんだ!俺様にかかればてめぇみたなチンケな男の実力なんて、全部お見通しなんだよ!」
「ユーリ、相手にしなくていいよ」
「アレックスぅ!テメェは黙ってろ!」
そう叫び、左手の人差し指と中指の隙間から右目を覗かせ、謎のポーズを決めたブライアン。
「しかも!超有能な俺様は戦闘中にも『鑑定』を発動し続けることにより、相手の次の動きを予測できるのだ!てめぇは俺様に傷一つ負わせることはできない!どうだ、これが俺……さま、の……っ」
謎ポーズのまま、ブライアンの顔が青ざめ、固まった。
「なんだ、なんなんだこれは!?」
「何がだよ……」
「ありえない!どうして、こんな!ああ、ああ!」
一体彼には何が見えているのだろうか。
ユーリの顔と虚空を交互に見比べながら、ブライアンはジリジリと後退りする。歪んだ表情は、全裸で雪山に投げ出されたかのような恐怖と絶望でしわくちゃであった。
その異様な姿を不審に思ったユーリが「あの……」と手を伸ばした瞬間。
「うわぁああああああああっ!」
ブライアンは叫びながら、転げながら、脱兎のごとく逃げ出した。
そして恐怖の絶叫は、あっという間に遠くへ消えていく。
なぜ喧嘩を売られ、なぜ怯えていたのか。何もわからないまま騒動の原因がいなくなり、呆気にとられるユーリ一行。
もしかして前世の記憶、数百年分も見えてしまったのだろうか。それでパニックを起こしたのかもしれない。
ユーリは首をかしげながら、ブライアンの走り去った先、暗い森を眺めた。
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