第7話 歓迎
「もう!ほんとにビックリしちゃったんだからね!」
「ごめんごめん」
ギルドの中で
シエラはそんなユーリの反応に頬を膨らませながらも、テキパキと治療してくれた。
日が沈んでもギルドの中は変わらず賑わっており、何人かが通りすがりにユーリの健闘を称えた。
それらに適当に受け答えしながら治療してもらうユーリの表情は、憑き物が落ちたかのようにスッキリとしていた。
シエラが首をかしげる。
「なんか、……なんか機嫌良さそうだね」
「え?そう?」
「あの対戦相手、そんなに嫌いだったんだ」
「んー、それもあるけど……」
確かにトレルに一矢報いたのは気分が良い。
しかし、そんなことよりも。
少しだけとはいえ前世の記憶が戻ってきたのが嬉しかった。記憶の中には戦闘の経験やダンジョンの構造などの有益な情報、そして何よりも『サラ』の記憶がある。
この世に生まれ落ちてからずっと焦がれていた『サラ』の情報。声と朧げな姿のみではあるが、彼女に近づけたことは何よりも嬉しかった。
しかしそれをシエラに話しても仕方ないので、ユーリは静かに首を振った。
「いや、なんでもない。それより前衛を探さないとな」
「でもさー、ユーリ思ってたよりも強かったよ。後衛とは思えないくらい。あれだけ強いなら、やっぱ前衛はいなくても大丈夫じゃない?」
「さっきのはマグレだよ。それに人数は多い方が安心だろ?」
それに加えて、ユーリとしてはシエラの試練達成後も共に潜ってくれる仲間が欲しかった。
臨時メンバーとしてどこかのパーティについて行くのも手だが、やはり信頼の置ける仲間は欲しい。
「でもどうやって探すの?私としては早く試練を終えたいんだけどなーって……」
「シエラ、ここはギルドだぞ」
ユーリはドヤ顔で探索者証明書を取り出した。
まだわかっていない様子のシエラを連れて受付に行くと、朝にユーリの担当をしてくれた、眼鏡の超事務的な女性が対応してくれた。
彼女はいつ休んでいるのだろうと疑問を抱きつつ、証明書を提出してユーリは話しかける。
「すみません。パーティを組みたくて、前衛の人を探したいのですが」
「承知いたしました。ご希望の条件は御座いますか?」
「とりあえず、剣士か格闘家かな」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
受付嬢の指の動きに合わせて無数の魔法陣が花開く。
その様子を見たシエラが「おお〜」と小さく声を上げた。
わかる、初めて見ると感動するよな。
ほんの数秒で魔法陣は消え去り、特殊な水晶でできた
「お待たせいたしました。剣士と格闘家で登録されている探索者の一覧で御座います」
手渡された
名前や年齢、ランクなどの情報がビッシリと並び、どこから見ていけばいいのか悩んでしまった。なんとなく流し見するも、一覧は途切れることなく延々と続いている。
「多いな……」
「どうする?どうやって絞り込む?」
「んー、年齢とか……?」
「ふむ、ならばこの『アレックス』という人なんてどうだい?」
突然、横から細い指と、ハツラツとした声が割り込んできた。
ユーリとシエラが驚いて振り向くと、そこには二人と同じ年くらいの美少年がいた。
夕陽のように朱い髪を束ね、太陽そのものを嵌め込んだかのような瞳がキラキラと輝く。
体はユーリよりも細く見えるが、決して貧相ではなく、むしろ、しなやかさや優雅さを感じられた。
豪華絢爛な剣を腰に二本、背中に一本携えた少年は、胸を張り、手を差し伸べる。
「突然すまなかったね。私の名前はアレックス・フィンリー・カーネリアン。剣士をしている。どうか気軽にアレックスと呼んでおくれ!」
「どうも。……あっ、俺はユーリ。後衛で主に解呪師をしていた。んで、こっちは聖女見習いの」
「シエラ・セラフィ。よろしく」
「よろしく!ユーリ、シエラ」
伸ばされた手を握りながら、ユーリはアレックスと名乗る少年を観察した。
ミドルネームがあり、髪を長く綺麗に伸ばしている。装備品はどれも上質で、何より全身から威風堂々としたオーラが溢れている。
そのことから、ユーリは彼を貴族と判断した。
まさに紅顔の美少年といった姿のアレックスは、シエラとも握手を交わすと、ユーリに向かって人懐っこい笑みを浮かべる。
「ユーリ。先程の決闘を見せてもらったが、実に素晴らしい戦いだったよ!特に相手の剣を折ったあの技!」
アレックスの顔がグイッと近づき、爛々と輝く目が見開かれた。
「あれは『
そういえばそんな名前だったな、レイ師匠。
ユーリはズキッとした軽い頭の痛みとともに、師匠の本名を思い出した。
「実は我が家もレイモンド氏の流派に属しているんだ!」
「ああ……そうなんだ」
「だから私とパーティを組もう!」
「脈絡!話の脈絡はどこいった!?」
アレックスの唐突な提案にユーリは目を剥き、シエラはポカンと口を開ける。
話しかけてきた時点で仲間になりたいのだろうとは予想していたが、あまりにも強引に舵を取るので驚いてしまった。
しかし当の本人は、あくまでマイペースに、そして勝手に話を進めていく。
「君の剣に親しみを覚えたからね!それに、ちょうど私も新しい仲間を探していたんだ!なにより私の直感が、君たちと組めと言っているのさ!というわけでよろしく!」
「え?それってアレックスが前衛してくれるってこと?」
「その通りだよシエラ。大丈夫!中層の手前までは行ったことがあるから、腕には多少自信がある!」
「いや、あの、待って」
「あ、受付のお嬢さん。パーティ名は『
「かしこまりました」
「待てって!勝手なことすんな!受付さんも!話の流れで了承しないで!」
「登録完了いたしました」
「あ゛ーーーっ!」
「よし、では早速出発だ!」
頭を抱えるユーリの首根っこを掴み、アレックスは意気揚々と歩き出す。
ズルズルと引きずられるユーリ。呆けていたシエラも慌てて二人を追いかけた。
「さあ、行こう!ダンジョンの奥底で栄光が我らを待っているぞ!」
「待って待って!まずは装備を揃えなきゃ!」
「その前にお前は話しを聞け!!」
ワイワイと騒ぎながら、三人はギルドから出て行った。
「……ありがとうございました。お帰りをお待ちしております」
それを見送った受付嬢の後ろから、別の受付嬢が顔を覗かせる。
「いや~、若いっていいですね~!」
「そうですか」
「もう、先輩ノリ悪いですよ~。……でもアレですね!ユーリ君もなかなかですけど、アレックス君の美少年ぶりはマジでヤバいですね~」
「……美少年?」
「あ、先輩の好みじゃなかったんです?でもでも、あの顔は将来ハイパー優色男決定ですよ~!しかもカーネリアン家って伯爵家じゃないですか!あ~、結婚してぇ~!」
「何を言っているんですか」
先輩受付嬢は至極冷静に、
「
*
翌朝。
まだ少し冷たい空気が胸を満たす。
目の前にはポッカリと口を開けたダンジョンが存在しており、その中に迷い込んだ朝陽は、為す術もなく暗闇に飲み込まれていた。
そんな光と闇のコントラストが激しいダンジョン前で、ユーリとアレックスは立ち話をしている。
「へえ、じゃあお前はその『
「ああ、リーダーに嫌われてしまってね」
「何したんだよ?」
「ほとんど言いがかりのようなものさ。『俺より目立つな』とか『なんでお前ばっかりモテるんだ』とか『毎朝準備が遅い』とか」
「おお、それは確かに言いがかりだな」
「だろう?それで腹が立ったから、お望み通り追放されてやったのさ」
フッと笑って前髪を払うアレックス。
その仕草を見て、ユーリは「キザだなぁ」としみじみ思った。そういった仕草がモテとか追放とかに繋がったのだろうか。
二人のことを太陽光が包み込む。空気も徐々に温まり出し、早朝から朝へと時間が流れていた。
そんな空を見上げ、ユーリは待ち人の名前を口にする。
「準備が遅いといえば……シエラのやつ遅いな」
「まあまあ。女性は色々と準備があるものなのだよ」
「そんなもんか」
「それに私の直感が言っている。彼女はおそらく、朝のお祈りに行っているのだろうとね」
「ああ、聖女見習いだから?」
そんな会話をしていると、遠くからドタバタと足音が迫ってきた。
「ごっ、ごめんなさ……っ!お祈りが……っ!ゲホッ、長び………っ!」
「遅かったな。待ってたぞ」
「なに、レディを待つ時間なんて花が咲くのを待つようなものさ!咲き誇る瞬間が楽しみなら、それまでの時間もまた幸せなのだよ!」
「いやその、……すみません。次から気をつけます……」
歯の浮くようなセリフに顔を赤らめ縮こまるシエラ。
その様子を見て、ユーリはアレックスが追放された理由を何となく理解した。
なるほど、こういったところがウザかったのか。
あまり長い間見ていると目に毒だと判断し、ユーリは二人へ声をかける。
「揃ったんだし、さっさと行こうぜ」
*
ダンジョンに入った瞬間、空気は冷えて重くなり、空の明かりが途切れて無限の暗闇が出迎える。
ユーリはこの瞬間が好きだった。
青空の爽快さや夕陽の切なさも好きだが、ダンジョンの包み込むような暗さに、どこか安堵感を覚えていた。
シエラが
朝早いからか、まだ他の探索者はおらず、三人の足音だけがダンジョンの奥へと吸い込まれて行った。
「初めて入ったけど……なんか、ちょっと怖いね」
「大丈夫だよ、安心したまえ。君には頼れる
「おう、俺も
「あはは……」
アレックスの言葉にシエラが苦笑いを浮かべる。
そうやって軽口を叩きつつ、怯えるシエラの様子を見つつ、さらに中へと足を進めた。
「右にも左にも前にも広がる果てしない暗闇。これぞまさにダンジョン。さて、我々はどこから探索して行くべきだと思う?」
アレックスの問いかけに、ユーリは少し考えた後、左側を指し示す。
「こっちだな」
「おや、道がわかるのかい?」
「たぶんだけどな。俺の記憶が確かなら、こっちは比較的安全地帯が多かったはず」
それがいつの自分の記憶かはわからないが、ユーリは経験を元に道を進む。後を追いかけるように、シエラとアレックスが続いた。
相変わらず不安そうなシエラがユーリに問いかける。
「安全地帯ってことは、魔物も少ないってこと?」
「あくまで比較的だけどな。まだ入り口付近だし、この辺りならいてもせいぜい四〜五匹だろう」
「よ、よかったぁ。それくらいなら頑張れるかも!」
せっかくやる気を出したシエラの気分を沈めないよう、ユーリはボソッと小声で呟く。
「ダンジョンに歓迎されなければ、な」
*
「安全地帯って言ったじゃんーーーっ!!」
「あくまで比較的だけどな!」
「いやはや!これは驚きの大歓迎だ!」
全力疾走する三人。
不安定な足元に転びそうになりながらも、彼らは必死に絶え間なく足を動かし続ける。
そしてその三人を追いかけるのは、二十匹近いゴブリンの群れであった。
大きさは人間の十歳児くらいと小さいが、ギョロリとした目が土色の肌から溢れ出しそうなほど、不気味にひん剥かれている。中には棍棒を構える者もおり、ある程度の知性があることが認められた。
このギャイギャイと喚く魔物たちは、突然ユーリたちの目の前に現れ、群れをなして襲ってきたのである。
ダンジョン慣れしているユーリは警戒と速度を緩めないまま、二人の方を向いて話しかけた。
「咄嗟に逃げちゃったけど、どうする?倒す?撒く?」
「えっ!?普通に逃げようよ撒こうよ!あんな大量にいるんだよ!?」
「いやいや、言っても上層のゴブリンよ?頑張ればシエラでも倒せるって」
「あんなにいっぱいはむーりー!」
子供のように泣きわめくシエラ。
すると突然、アレックスが足を止めゴブリンたちに相対した。
「よろしい、ならばここは私に任せたまえ!」
腰の剣を一本だけ抜き、両手でしっかりと握る。普段の軽快な口調とは反対に、落ち着いた動作でしっかりと構えをとり、正面を見据えた。
そして、ゴブリン相手に声高らかに宣言する。
「私の華麗なる実力、お見せしよう!」
そこからは、実に一方的な展開だった。
ステップを踏むような足取りで群れに踏み入り、まるで舞い踊るように剣が振るわれ、縦横無尽に魔物を切り裂く。
アレックスが一回転すると、数秒遅れてゴブリンたちの首が吹き飛ぶ。
アレックスが不敵に笑うと、ゴブリンたちが悲鳴を上げる。
ゴブリンたちの血が道に飛び散り、赤黒い花畑を作り出す。
そうしてわずか数分で、二十匹近くいたゴブリンは一匹残らず駆逐されたのであった。
一仕事終えたアレックスが笑顔で振り返る。
「どうだったかい?私の剣技は」
「ビックリしたよ!怪我一つないなんてすごいね!」
「確かにすごかったな。手助けする必要も一切なかったわ」
「ふふ。これはまだ私の実力のほんの一部さ!」
アレックスが嬉しそうに前髪を払った。
返り血ひとつ浴びてない姿に感心していたユーリだが、ふと、あることを思い出す。
「なぁシエラ、そういえば試練……」
「あっ!」
「チャンスだったのにな」
「あ〜〜〜……」
「……?」
チャンスを逃したシエラは落ち込み、事情を知らないアレックスは首を傾げる。そんな二人をユーリは半笑いで眺める。
こうして三人の探索が、ようやく始まった。
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