第6話 決闘

 やばい。どうしよう。


 ギルドの中央演習場で向かい合う二人の少年を見つめながら、シエラは非常に焦っていた。

 たまたま助けた少年・ユーリとなんだかんだで仲良くなり、どうにかこうにかパーティを組んでもらえることになったのに、ユーリにあれこれ因縁をつけてくる少年・トレルが突然現れたのだ。


 決闘に挑む二人。

 夕陽に照らされたユーリの顔は非常に険しい。対するトレルも怒りを露わにしており、両者ともに触れるだけで破裂しそうな空気を纏っている。

 二人の関係はわからないが、険悪な仲だというのは誰が見ても理解できた。

 

「死んでも文句は言うなよ?俺様に楯突いたお前が悪いんだからなあ!」

「そりゃこっちのセリフだ。お前と『他人』になった以上、遠慮はしねぇ」


 野次馬に囲まれた二人の少年が、刺々しい言葉を交す。

 それを聞きながらシエラは、胸を押さえハラハラしていた。先ほど聞いた話では、ユーリは今まで後衛しか経験していないという。一方で、


「お?あの二人見たことあるな……たしかブラッドさんのところの」

「あァ、『六角の盾シェルハイヴ』の若ェもんか」

「金髪の方はゴブリン相手に戦ってるの見たことあるぜ。なんでも『剣撃』のスキル持ちらしい」


 隣の男性たちの話から、どうやらユーリの相手は戦闘向きのスキルを持っているようだ。

 なにか情報は得られないかと、シエラは聞き耳を立てた。


「『剣撃』だァ?そんなのただ切るだけのスキルじゃねェか」

「いやいや『だけ』じゃねえから!」


 一人が興奮したように唾を飛ばす。


「剣ってのはただ振り回せばいいってもんじゃねえ!剣を振る腕の力、体を支える脚の力、相手の攻撃を見破る眼、他にも色んな力が必要なんだ。だから剣を掴むだけでそれらをまとめて強化してくれる『剣撃』ってのは、シンプルかつ強いスキルなんだよ!」

「それは普通に鍛えるのと何が違ェんだ?」

「普通の人が一年かけて得る力を、一ヶ月で習得できるって言えば、どれだけスゲーかわかるだろ?」

「はァ~なるほどね」


 シエラの背中に冷や汗が伝った。

 このままでは、ユーリは負けてしまうのではないか?

 心配から無意味にその場をウロウロしてしまう。周囲から怪訝な目で見られるにも関わらず、シエラは全身でユーリの事を心配した。


 シエラとユーリとは出会ってほんの数十分しか経っていない。それでもシエラは、ユーリを応援するくらいには信頼し、特別に思っていた。

 それはシエラ自身が非常に純粋な性格であることに加え、色々あったシエラの人生で初めてできた、記念すべき『友達一号』がユーリだからである。


 だから、どうせ戦うなら勝ってほしい。

 顔もちょっと好みだし。


 純粋なんだか不純なんだか判断がつかない思いを抱きながら、シエラはゆっくりと顔を上げる。

 願いを込めた両手が組まれ、友の勝利を、ただ静かに祈った。


 *


 カァンッ。

 開戦の鐘が打ち鳴らされ、両者が同時に動き出す。

 

 ただ真っ直ぐに振り下ろされるトレルの剣。

 しかしその威力は凄まじく、衝撃で砂が舞い上がり、地面を抉る。ユーリはその攻撃を、風に舞う木の葉のようにヒラリと躱した。

 そのまま足を止めず駆け抜け、ユーリは相手の脇腹めがけて短剣を振るう。

 ギャリィッ、と金属の擦れ合う鈍い音が鳴った。

 余裕の表情を浮かべ、トレルは攻撃を受け止める。腕一本の力で止められたことにユーリは顔を顰め、弾かれるように跳んだ。

 その後を追うようにトレルが跳躍し、息つく間もないほどの『剣撃』を繰り広げる。

 

「オラ!オラオラオラアッ!どうした?反撃してこいよ!」

「……っ」


 まさに防戦一方。ユーリの体に、次々と赤い線が刻まれていく。

 フェイントも駆け引きもない愚直な剣だが、凶悪な破壊力とスピードがユーリを圧倒した。ユーリも器用に攻撃をいなしてはいるが、決定的な実力差には勝てない。

 そんなあからさまな劣勢の様子をトレルが嘲笑った。


「その程度か?その程度だよなあ!俺様はお前の実力をよーーーく知っているからなあ!」


 ガッガッガッと、刃こぼれの心配など少しもしていない様子で、腕力任せの斬撃が降り注ぐ。


「他者にっ!媚びへつらうことしかっ!できないっ!弱いお前はっ!」


 傲慢さをそのまま力にしたような攻撃は、徐々にユーリを追い詰めていく。


「俺様に……っ、一生勝てねえっ!」

「ぐっ!」


 強力な一撃でユーリは吹っ飛び、地面を転がった。

 土まみれで倒れ込むユーリに対し、野次馬から品のない罵声が飛ぶ。


「おい!なにしてんだ短剣の兄ちゃん!」

「お前に銀貨十枚賭けてんだァ!勝てェ!」

「いいぞ金髪!そのままやっちまえー!」


 そんな熱を帯びた野次馬に囲まれながら、息をするのも忘れて見守っていたシエラ。

 あまりに一方的な状況に胸を痛めていた彼女は、ある異変に気がついた。


 目をギュッと固く閉じ、歯を食い縛り、頭を押さえて呻いているユーリ。青白く染まった苦しそうな顔は、どう見ても切り傷や打撲の苦痛に耐えているものとは異なった。


「……まさか、頭痛が再発した!?」


 もしかするとさっきより症状が悪化するかもしれない。それなら早く治癒ヒールしなくては。

 慌てて場内に入ろうとするシエラを、周囲が「待て待てお嬢ちゃん!」「まだ決着ついてないから!」と止めに入る。


「止めないでください!彼を!ユーリを治療しなきゃ!」


 陸上の魚のようにビチビチ暴れるシエラ。

 その様子を尻目に、トレルはゆっくりとユーリに近づいた。そこには見下したような、失望したような表情が浮かんでいる。


「おやおやまた持病か?哀れだな。……やっぱりお前に探索者は向いてないよ」


 トドメと言わんばかりにトレルは剣を高々と掲げ、容赦なく振り下ろした。


 しかし次の瞬間、聞いたことのないほど鋭い金属音が響き、トレルの剣は真っ二つに折れる。

 いったい何が起きたのか。

 トレルも、シエラも、群衆も、誰一人理解することはできなかった。


 *


「俺様に……っ、一生勝てねえっ!」

「ぐっ!」


 トレルの重い一撃を受け、ユーリの体はなす統べなく地面を転がった。その拍子に背中と頭部を強打し、鈍痛が滲むように広がる。

 わかってはいたが、やはりトレルは強かった。悔しいがその点は認めざるをえない。

 頭に血が上って決闘を受けてしまったが、もう少し冷静になればよかったと、今更思う。


 口に入った砂がジャリジャリと不愉快だ。

 そう言えば、昔もこんなことがあったな……


 そう思った時だった。

 再び、激しい頭痛がユーリを襲った。

 周囲の音がぼやけ、少しの刺激が激痛へと変わる。

 遠退く現実と引き換えに、ある記憶が甦った———



「ぐっ!」


 吹っ飛ばされた体が地面を転がった。口に入った砂を吐き出し、立ち上がる。

 ジャリジャリする不快感に顔を歪めながら、ユーリは眼前に立つ巨体を睨み付けた。


「ガッハッハッ!軽い軽い!」


 鎧のような筋肉に、無精髭。強面という概念を煮詰めたかのような顔に無邪気な笑顔を浮かべた男は、ユーリの頭をガシガシと撫でた。

 撫でられたユーリの頭が、げそうなほどに揺れ動く。


「よしよし。ユーリ、これでわかっただろ?お前が鍛えるべきは『目』と『集中力』だ」

「嫌ですレイ師匠。私は強くなりたいんです。筋トレとか剣術とかを教えてください」


 レイ師匠と呼ばれた男は残念そうに首を振った。


「いやいや。基礎は教えるが……お前に俺流は無理だ」

「ま、まだわかりませんよ!成長期ですし!鍛えていればいつかはムキムキになれます!」

「うんうん、そう思いたいよな。でも一回お前の願望は置いておくとして。今から強くなるにゃ、目と集中力がカギなのよ」


 師匠はなんの変哲もない剣を地面に突き刺すと、ユーリを背後から抱え込むようにして短剣を握らせた。

 ユーリの手を握り込む大きな手から、筋肉の収縮が伝わる。


「ほら、集中集中!息を止めて、相手をよく見て、弱点を探って、チャンスをモノにしろ」


 師匠に誘導され、突き刺さった剣を隅々まで探る。ギラリと光る表面に、自分と師匠の視線が反射した。


「一瞬に、全てを込めるんだっ」


 そして導かれるまま、操られるままに、ユーリは短剣を振るう。

 師匠の躍動する筋肉の動きを体に覚え込ませながら、目では一閃の乱れなき剣筋を観察した。

 的となった剣はカキンッと断末魔を上げ、その断面を晒す。

 擬似的に体験させてもらった最強の片鱗に、ユーリは目を見開いて短剣の切っ先を見つめた。

 その姿を満足げに見た師匠は、再びユーリの頭をガシガシと撫で回した。


「そして、最強と呼ばれた俺の言うことを信じろ。信じるんだ。いいな?」



 ———頭痛が鎮まり、脳内は風が吹いたかのようにクリアになる。

 断片的ではあるが、師匠の教えが体に染み込むのを確かに感じた。


 前方からトレルがゆっくりと近寄ってくる。眼前に迫ったトレルは無防備に白い喉を晒し、チャンスだというのに何かゴチャゴチャと話していた。


「……はい、師匠」


 大丈夫。師匠の教えは、しっかり体が思い出しました。


 ユーリは息を止め、振り上げられた剣を見た。

 世界のすべてがスローモーションになる。

 見つめる刃の傷のひとつひとつが鮮明に見える。先程の乱暴な連撃のせいか、中心付近の刃こぼれが激しい。

 どうせろくに手入れもしていないのだろうな。

 短剣を強く握りしめる。

 ギラリと、短剣が返事をするように光った気がした。


 重心はやや低く前へ。

 腕を引き、構える。

 上半身を捻り、回転を加えながら、剣先を鋭角に突き出す。

 振り下ろされる剣と短剣が交じり、衝撃が腕に響く。


 キィンッと、鈴より高らかな金属音が鳴った。


 引き延ばされていた時間が急速に進み、折れた剣先は勢いよく地面へ突き刺さる。


「……は?」


 間抜けな声を発したトレルが、折れた剣先を目で追いかけた。

 空かさずユーリはトレルの手を蹴り付ける。鈍い打撃音と、トレルの「いたっ!」という声、そして、剣の落ちるガランガランという音が輪唱した。


「あっ、クソっ!」


 折れた剣を拾おうとするトレルの前に立ちはだかり、ユーリは拳を構えると同時にニヤリと笑った。

 笑顔と合わせて繰り出されたパンチは、見事、トレルの顎へ入る。一瞬浮き上がった体は重たい音を立て、無様に地面へと転がった。


 白目を向くトレルの顔を、夕陽が鮮やかに照らす。


 次の瞬間、爆発したような歓声と怒号が上がった。

 ユーリはとても清々しい気持ちで、それを受け入れたのであった。


 ユーリはその時、全く気がついていなかった。偶然トレルの弱点を突いていたということに。

 トレルのスキル『剣撃』は、剣を手にすると同時に全身を強化してくれる。

 しかし逆に、

 スキルに頼り、尚かつ自己鍛練も剣の手入れも怠ったトレルが負けたのは、当然の結果であった。


 そんなことも露知らず、三年の怨みをやっと晴らせたユーリは、土に汚れる金髪を見て笑みを浮かべた。


「……俺は優しいからな。これで今までのことはチャラにしてやるよ」


 普段の冷静な顔とも、先ほどの勝ち誇る顔とも違う、下品とも言える底意地悪い表情。

 そしてユーリは、短剣を構えた。


「いいじゃん、短い方が似合うよお前」


 赤い地面に、金色の髪の毛が舞い散る。

 すっかり髪を刈り取られ、坊主頭になったトレル。

 その姿に歓声を上げるギャラリーをかき分け、ユーリは演習場を後にする。シエラも慌ててあとを追い、二人は建物内へ入っていった。


 *


「ほほう。彼、なかなか面白いじゃないか」


 柱の陰から覗くようにして決闘を見ていた、とある人物が呟く。

 黄金色の瞳が、ユーリを捉え微笑んだ。

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