中学一年生の九月。学校が終わって家路を急ぐ私、よしいちは、今日も今日とて『清楚で特別な女子』を懸命に演じ切った疲れから重い足取り。

 親しい友達には『等身大の女の子』として接しているつもりだけど、男子や先生の視線を気取るとどうしてもシスターらしい振る舞いを意識してしまう。

 そういった落ち着かない時間を終えて、畳み掛けるように仕事場へ向かう今などは決まって少し鬱な気になる。


 聖職者は恋愛禁止! という呪いの掟がある。


「それじゃあ、お母さんはどうしてお父さんと結婚できたの?」

「私たちは元々信徒で、神父様が亡くなられた際に教会の管理を任されたの。一華も、その時にはもう生まれていたのよ」


 ……こう言い返されると、何も言い返せなくなる。

 お母さんだけずるい! 私はどうなるの⁉

 月日が経つにつれて段々と痩せ細るお母さんにも構わず癇癪を起こすこともあった。親不孝なことだと気付いて我慢するようになったけど。

 お母さんは決まって「シキタリだから仕方ないのよ」と言ってあしらう。お母さんのことは好きだけど、そういった『自分が知らないところで確立された掟』を強制するのはどうしても許せない。

 小学生の頃までは聖職者の在り方について深く考えたこともなかったけど、中学生になると自分の境遇が他の同級生たちと全く異なっていることを実感して違和感に悩まされるようになった。

 親友に彼氏ができてしまったのですよ!

 中学校入学祝いに買ってもらったスマートフォンのトークルームでその『ご報告』を受けて、みんなが「すご! 宣言通り!」「明日詳しく」「記念にカラオケパーティーしよう!」「いや、彼氏との時間取っちゃダメでしょ(笑)」などと盛り上がる中、私はトークが止まった後で気付いたフリをして「おめでとう!」とだけ返した。

 親友の、まちちゃんとは幼い頃からの仲。天真爛漫で、老若男女誰とでも打ち解けられるコミュニケーション能力の持ち主。

 彼氏ができるのもむしろ遅いくらいで「私と似て異なる事情でもあるのかな」と、ひねくれた仲間意識を持っていたから『ご報告』には激しく動揺した。

 同時に幼い頃から一緒にいた友達が、これからも同じ世界で生きていくというのに、とても遠い空の彼方まで飛んで行ってしまったように思えた。

 次の日の朝、私の背にわんぱくな彼女の声音が響いても、いつもと同じ「おはよう、小町ちゃん」を返すことができなかったのを今も引きずっている。

 小町ちゃんのように彼氏を作りたいわけでもなく、本能的に恋愛をやらないと気が済まないほど肉食でもない。

 この先もずっと、恋愛や他のあらゆる『楽しいこと』を制限された生活を送っていくのが不安で、考え込むと中々寝付けない夜もある。一週間の疲れが溜まり、フルタイムが待つ金曜日などにそれが来るともう最悪。

 みんなに置いて行かれるのが怖い。両親や先生とのジェネレーションギャップなんて面白いくらいなのに、大人たちどころか同級生とすらいずれは噛み合わなくなり、孤独は今以上に色濃くなるはず。

 怖い。素直に。前向きでいられるはずがない。

 小学校から近い中学校に入り、流れるように生きてきた。

 だけど、中学生になると立派な夢を持つ子たちはそれを実現するために本気を出すようになり、勉強ができる子はもう高校やその後について具体的に考えるようになっていた。

 グループ内で将来に関する話題に進んだ際、みんなは慌てて別の話題を持ち出すように努力してくれる。

 それが申し訳ない。みんなの本心は分からないけど、こんな私でも輪の中に入れてくれるあの子たちの邪魔をしたくない。

 私自身が私を愛せずにいるんだ。

 部活動に励むみんなはまだ学校、私だけが仕事場へ向かう。教会のシンボルとも言える頂点の十字架が見えてくると、前後に人がいないのを確かめてから大きく溜め息を吐いた。

 希望のない未来だけでなく、本性がバレて今の日常が崩れてしまうことも同時に怖ろしいから。

「神よ、私の神は、本当にあなた様なのでしょうか?」

 とんでもない失言と共に教会の敷地に入った。

 小町ちゃんは自力で自分の人生を晴らしたというのに、私の世界は今日も変わらずどんより雨模様でございます。

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