シスター・レインコート

壬生諦

プロローグ

 まずいことに、俺としたことが未来視を捨てた直後に大変な問題を見つけてしまった。

 その世界は年中雨が降り続ける異常気象に見舞われている上、住人のほとんどが希望を見出せず暗い顔でいる。

 それが神さまの試練か、悲しんでいるからだという認識になると、本来信仰や宗教に関心のない人でも熱心に教会へ通うようになる始末。

 勘だけど、少なくとも今生きている人たちがこれ以上の被害を受けることはないと思う。別の災害や事件に巻き込まれることはあっても、これほど異常な惨劇はもうない。

 それなら『神さま』の涙はある意味で皆を一つにしたと言えなくもない。

 ただし、決して報われない者もいる。聖職者たちだ。

 この都市には教会が五つあり、目当ての子は両親と三人で教会を一つ守っている。

 しかし、お母さんは体が弱く、お父さんは教会だけでなく都市を代表する忙しい立場のようだから、その子の負担は大きい。学校との両立はできても、そこが限界。趣味を見つける時間もない。

 聖職者ファミリーは教会の二階で暮らしている。女の子は学校が終わると、友達より先に独りで帰宅する。それから無理をするお母さんに代わって夜遅くまで礼拝に訪れた人たちを歓迎し、更に遅く眠りに就く。

 それを五日間続け、その後二日間はほぼフルタイム。そんな日々を送っている。

 聖職者として本望だと思う場合もあるだろうけど、この子はどうやら煮え切らない様子。根が真面目で善良な少女だけど、誰も見ていないタイミングで子育てに参った若いお母さんみたく寂れた表情になることが多々ある。

 普段から清く正しいのだから、迷惑なんて気にせずもっと自由に生きても良いと思うんだけどなぁ。教会の務めだって、誰かに手伝ってもらって負担を減らせばいいのに。

 あの子の家族じゃないと駄目なの? そういうシキタリがある?

 じゃあそれを無視すればいい。俺なら何も咎めやしないのに。

 あの子の生きる世界と、あの子の人生。どちらも行き詰っているらしく、安全な場所から見ているだけの俺もいい加減、傍観に飽きてきた頃だった。こっちのやるべきことが固まっている以上、急ぎ舞台に登壇しなくちゃいけないよね。

 何より、この先これ以上の惨劇がなくとも『神さま』がどんなものかは現地調査の必要があるし、バッドエンドへまっしぐらな女の子を放っておくのは俺の性分じゃないからさ。

 まだ小さいとはいえ、敬虔なシスターには変わらない。聖職者は迷える人々に神の言葉を以て救いを与えるけど、聖職者を救える者といえば、神が憶病になった今や……。

 それにほら、神さまを見定めるのが俺たちの仕事だから。別に清楚で可愛い女の子のピンチだからやる気になるわけじゃないからね!

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