織愛 6
第6話
「飲むか?」
食器を洗い終えてから、蓮が口元でグラスを傾けるしぐさをした。
「ああ、どうしようかな……」
経験上、脚のことを考えるとアルコールは控えた方がいいように思えた。
「やめときます」
織愛は自分の左膝を指さして続けた。
徐々にむくみを帯びているのが感覚で判る。
「湿布貼っとけよ」
蓮は織愛の膝を見下ろし、それからサイドボードの上に置いてある救急箱の蓋を開け、言った。
経皮鎮痛消炎剤の入った紙箱を取り出しテーブルに置く。織愛は紙箱へ、それから蓮へと視線を移し唇をぎゅっと結んだ。
──この人って、え? 神?
「ん」
蓮が軽く顎を上に動かしてさっさと貼れと促す。
「ありがとうございます。俺……」
湧き上がる感情が言葉を詰まらせた。
「俺、風呂入るから。もう休めよ」
織愛が感謝の言葉を言いきれないうちに、蓮は部屋を出て行った。
その背中にありがとうございます、と深く礼をして織愛は膝に湿布を貼った。消炎剤をあてたときの冷たさで、部位が熱を持っているのを実感する。ふうっと息を吐く。それから、足元に置いていたレジ袋を持ち、消炎剤の紙箱を持って立ち上がった。
部屋を出る時に、ふとサイドボードに置いてある写真立てが目についた。蓮と女性とが一緒に写っている。二人とも笑顔で、女性の方は蓮の腕に自分の両腕を絡ませ、幸せそうに笑っている。
──そうだよな、そうだよ。
織愛はほんの少し寂しそうにその写真を見つめた。
彼女さんだろうか。でも、この家にはそういう気配がない。蓮は一人暮らしと言っていたけれど、こういう仲ならなおさら、少しくらいは存在を匂わす痕跡があるのが普通じゃないか。
遠距離とか。いや、それでも何かしらの匂いはありそうな気がする。まさか、もう別れた人とか……
ぶんぶんと首を振って妄想を振り払い、織愛はあてがわれた部屋へと戻った。
テレビをつけてみる。ところ変われば地方局の番組の雰囲気も変わる。いくつかチャンネルを切り替えてみたものの、純粋に番組を楽しむ気になれなくて、早々に眠ることにした。
天井に貼られたクロスの不規則な模様の中に何かの形を探し出すのが織愛は好きだ。見慣れない白いごそごそとした質感のクロスは、風に小さく揺らめく川面のようでもあり、金属から剥がれかけるひび割れた塗装のようにも見えた。
常夜灯も消し、肌掛け布団を引き上げて、織愛は眠りについた。
ばらばらと強く屋根を打つ雨の音で目が覚めた。
寝る前に貼った消炎剤は熱を吸い上げてすっかり乾いていた。膝はさらにむくみを増していて、着替えるのさえ億劫に感じるほどだった。消炎剤を貼り換え、自分に鞭打って洗面用具を手に部屋を出た。
「起きたか」
リビングから蓮の声がした。
「おはようございます。顔、洗ってきます」
ゆっくりと脚を庇いながら歩くのを悟られないように、自分に向けられた視線に笑顔で、織愛は答えた。
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