織愛 3
第3話
「どうも。お願いします」
バイクがロープで荷台に固定されていくようすを後ろのガラス越しに見ていた織愛は、運転席に戻って来たドライバーに言った。
「ほらよ」
ドライバーはタンクから外したバッグとバイクのキーを織愛に渡した。防水バッグの方はタンデムシートに括り付けたままだ。
「いいって。それよりどこへ行くつもりだったんだ?」
軽く顎を引いて、視線をバックミラー、サイドミラーと順に向けながらドライバーが言った。後続のないのを確認して積載車が走り出す。
「ホテルに泊まろうかと思ってたんだけど」
「ホテル? どこの? 予約してあるのか?」
黒い短めの髪型は、彼の精悍な顔つきをさらに際立たせているように思える。
「まだ。着いてから探そうと思ってたんで」
「ふうん。脚はどうだ?」
「痛いけど、我慢できる程度かな。じき治まるかもしれないし、ようすみで」
骨折は多分していないと思う、いや、希望的観測ではある。
「そうだ、泊まるとこどこかいいとこ知ってます?」
「う~ん、そうだな」
言ってからドライバーは言葉を切った。
真剣に探してくれているのだろうかと、織愛はそれきり長い事黙り込んだままのドライバーの返事を待つことにした。ファーストインプレッションの正確さを噛み締めるように、整っているのに威圧感さえある男の表情を堪能する。
ワインディングは大きく緩やかになり、そろそろ峠を越えたことを知らせる。当てのないバイクの一人旅でまさか、車の助手席でこういう景色を観ることになるとは思いもしなかった。
「うちに来るか?」
「え?」
「俺ん家。バイク、点検した方がいいだろ。隣、整備工場だし、ちょうど良くね?」
「そりゃあ、そうだけど」
──これって、ラッキー過ぎない?
長考の末の言葉に、織愛は自分の耳を疑った。
「けど?」
「バイク運んでもらった上にそんな」
「ああ? 心配すんな。ついでだ」
──そんな、簡単に言う。助けてもらった上に、泊めてくれるとか……。見ず知らずの俺を? なんて男前なんだ。
「ついでってそんな簡単に。あの……、ご迷惑じゃなきゃ、お世話になります」
──ああ、でもこれって、何かの縁?
「おう、決まりだな」
ドライバーはそう言って、唇の端で笑って見せた。
「宿泊ツーリングか?」
「まあ、そうなんだけど、行先は決めてなくて」
「放浪旅か、いいねえ。風の吹くまま、気の向くまま。せっかくのさすらい旅が、ちょい残念だな」
前方を見ながらも、ドライバーは織愛の方に視線を移して言葉を紡ぐ。
「自業自得っすよ」
「はは。否定はできねえな」
「あ、俺、織愛って言います」
「リアム? 外人っぽい名前だな」
「聞くだけならそうだけど、織姫の織に愛情の愛で、織愛。よく女子だと思われる」
「だろうな。お前のその器量だと」
ドライバーが、前は大丈夫なのかと不安になるくらいに織愛に視線を注いで言った。
──ちょ、やめて。まともに見られると恥ずい。
思わず視線を受け止めきれずに顔をそむける。
「……」
「悪ぃ。いや、綺麗だな~って思って」
織愛の反応をどう受け取ったのか、ドライバーは、それでも軽くそう言った。
「男らしい顔になりたいっすよ」
それは本音だ。そしてまた彼のような精悍な顔立ちに憧れるのも無いものねだりなのだろうかとも思う。
「俺は、
さっさと話題を切り替えようとしたのか、男は名乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます