織愛 2
第2話
バイクはエンストしたまま、カウルやホイールに雑草を巻き込んで情けなく倒れている。キャリアカーのドライバーはひょいっと道路から飛び降りて、こちらへ歩いてくる。織愛はバイクを起こそうと2メートルほどの向こうへと歩きだしたが、転倒したことの体裁よりも傷ついたバイクよりも、足の痛みの方が勝っていた
「っ
思わず声が漏れる。
「大丈夫そうじゃないな」
ドライバーは無表情なままそう言うと、バイクの方に行き、いとも軽々と起こした。サイドスタンドを掛けるが、場所が場所だけに不安定だ。
「なんとか歩けそうですけど」
左足を着くたびに痛みが走る。じわじわと膝の辺りがむにゃあっとした感覚に変わっていく。バイクに到達するまでの距離が永遠ほどに思えた。
「すいません、どうも」
礼を言って、織愛はバイクのエンジンを掛けてみた。セルを回す。キュルキュルと続く無情な音に一旦指を離す。二度目でヴオンと咆哮した。しばらくアイドリングさせてからエンジンを切る。バイク自体は自走が可能な気がする。しかし、それよりも何よりも足の痛みがじわる。
織愛はヘルメットを脱いでタンクバッグの上に置いた。転倒の時にジャックから外れたままコードがぶら下がっていたイヤフォンを耳から外し、長めの前髪を手櫛でかき上げる。少し息苦しさから解放された気がした。
「別に。どうする? ロードサービス呼ぶ?」
ドライバーが織愛の顔をまじまじと見て言った。
「はい。多分、俺が運転できそうにないんで」
言いながら、スマホを取り出して電話帳をスクロールする。
「あれ? あ、そうか」
保険会社から社名変更だか合併だかの通知が来ていたのを思い出す。
新しい連絡先を登録しておくのを忘れていた。それに、正確な新会社名すら覚えていない。
「お前、土地勘ないだろう。
織愛のようすを見て、それからバイクのナンバープレートとナビとを順番に見やって、ドライバーは自分の乗ってきた積載車を親指で示した。
彼の表情はどこかこの成り行きを面白がっているようにも見える。困惑がもろに面に出ていた織愛が、放っておけない迷い猫にでも見えただろうか。
「あ、でも……」
「それに、待ってる間に暗くなるぜ」
そうだ。それは困る。ロードサービスを呼んだとしてもこんな場所なら待ち時間は半端ないはずだ。
「助かります。お願いします」
「おう。俺がバイク積んでやるから、あんたは車に乗ってな」
言うより先に、ドライバーの手がバイクに掛かっていた。
「ありがとうございます。お世話になります」
織愛は素直に好意を受けることにした。
自走できるならバイクを引き上げるのを手伝ってもらえば、あとは自分でどうにかできるが、今のこの足の状態ではそれは無理だと感じた。まともに取り回しできる自信がない。
ドライバーがカウルの擦れた傷の痛々しいバイクを道路まで押し上げ、積載車の荷台に載せるようすを見ながら、外した革手袋をヘルメットの中へ突っ込み、ゆっくりと織愛は助手席の方まで歩いた。車のステップの位置が高い。ヘルメットを先に座席に置き、シートとフックに掛けた両腕で自分を引き上げるようにしてようやく織愛は助手席に納まった。
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