扉を開けて ~織愛~
瑞口 眞央
織愛
織愛 1
第1話
視界に広がる樹々の緑は鮮やかで、時折、それらは線のように後方へと流れ去っていく。
ワインディングを満喫していたレーサーレプリカの小さなタンデムシートに、中身のパンパンに詰まった大きな防水素材のバッグが括り付けてある。
少し、ペースを上げる。スロットルを握る手首の位置を下げる。
長いストレート。先行しているのは空の積載車。前方が見渡せないのは好きじゃないし、排ガスも食らいたくはない。センターライン寄りに進路を取る。先行の積載車の窓からひょいっと腕が伸びた。ゆっくりと先に行けと動く。道を譲ってくれるのならありがたい。対向車はいない。白色波線を確認して、織愛は追い越しモードに入った。
上体を低くして風をよける。積載車は追い越しをかけている二輪の存在を確認したのか左に寄った。それでも距離感には気を付ける。道を譲ったように見せかけて、速度を上げてくるなんていう車もざらにいる。
──良かった。
ペースを崩さない積載車の運転手に安心して、追い越し際、織愛は運転席の方を見上げた。一瞬目が合った。といってもフルフェイスの濃色のスモークシールド越し。向こうからは見えていないだろう。
──どストライク‼
断然好みのタイプだ。気持ちが揺らいで、視線を戻すのが遅れた。
目の前には下りの緩い左カーブ。積載車との距離を保つため、深い位置からコーナリング体制に入る。バックミラーの中で積載車が遠ざかっていくのがちらりと見えた。
──やばっ。
連続コーナーになっていたそれは、次の右コーナーの方がRがきつかった。
──間に合わ、な、い……
バンク角を深く取り過ぎて、車体はそのまま横倒しになり、ズザザザザーッと路面を滑っていく。
とっさにハンドルから手を離したものの織愛もまた勢いが止まらない。路肩から外れて1メートルほど下へ落ちたバイクを視界に捉えながら自分も滑り落ちた。落ちてからごろごろと二回ほど転がる。すうっと血の下がるような感覚が織愛を襲った。
──やっちまった……、それに、恥ずい。
追い越した車の目の前で転倒だなんて、うわあ、みっともない、悪夢だ、くう~、さまざまな感情が一度に押し寄せてくる。
追い越してきた積載車が停止するのが見えた。
──えっ? なに? 停まった……
身体を起こしてヘルメットのシールドをはねあげた。立ち上がろうとした時に膝に痛みが走る。
積載車のドライバーが降りてきた。身長180は超えているだろう。作業用のツナギの下には多分、よく鍛えられた筋肉が隠れていると思う。
「お~い、だいじょぶかあ?」
ドライバーが道路から織愛を見下ろして言った。
「あ、えっと……、すみません」
停まってもらったことへなのか、追い越しを促したと受け取られたかもしれないことへなのか、その両方なのか自分でもよく分からないまま織愛は言った。
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