緋色

1

 睦の実家の敷地には乗用車二台分ほどの空きスペースがある。


「適当に停めていいから」

 睦が言い、收が慎重さの増したハンドルさばきで車をバックでそろそろと駐車スペースに入れた。


「オッケー、上出来」

「いやあ、それほどでも」

 しんちゃん風に收が言う。


 きっちり道路に対して直角に車庫入れができたのは、多分偶然だ。收の運転は睦にとってはまだ、隣に乗っていて冷や冷やするレベルだからだ。車を降りた二人はトランクから荷物を下ろした。半年ぶりに睦が相田家わがやの扉を開けた。


「ただいま」

「お邪魔します」

 睦に続いて收が挨拶した。


「いやあん、睦、お帰りなさい」

 そそくさと迎えに出た母が精神年齢十代のような口調で言った。


「あら、あなたが新しいお友達の收君? よく来てくれたわね。いつも睦がお世話になってて」

 ──へえ、お母さんに僕の事話してたんだ。

 收の笑みがさらに輝きを増す。


「母さん、中入ってからにしない?」

 興味深そうに收を見定める母の言葉を遮って、睦は收に客用のスリッパを出してやる。


「あらあらそうね。どうぞ、上がって」

 足取りも軽く先に立って母がキッチンへと向かった。


 母はコーヒーを淹れ始めたらしい。香から判断するに銘柄は睦のお気に入りだ。收に飲み物の好みを訊ねないのが母らしい。


「よう、睦」 

 居間の三人掛けソファを独占してスマートフォンをいじっていたちかがのそのそと身体を起こした。


「よう、和」

 睦は同じような口調で返し、久しぶりに会う妹にチェックを入れる。


 短い髪型も服装も、相も変わらず自分とそっくりだ。


 トランスジェンダーではないが、育った環境のせいか和はぱっと見男っぽい。たまに一卵性双生児かと聞かれることもあるくらいだ。そしてそれは少しも変わっていない。


「大家さん?」

 睦の後ろに付いて来た收に無感情な一瞥を投げ掛けて和が訊ねた。


「の息子です」

 收が答える。目に驚きが顕著に現れている。


 訳もない。睦からは双子の妹がいると聞いていたが、まさか二人がここまでそっくりだとは思っていなかったからだ。


「どうも。兄貴がお世話になってます」

 二人を交互に見比べる收を、和は、ああ、またこういう反応かという思いで言った。


「こちらこそ」

 笑顔で答えた收を、キュートという表現がふさわしい顔立ちだと和は思った。


「母さん、俺たち部屋うえにいるから」

 睦がキッチンの母へと声を掛ける。


「お昼ご飯は?」

「あ~、買ってきたからいい」

「コーヒーは?」

「持ってきて」

「はいはい」

「收、こっち」

 二人のやりとりの間、收が実家の職業柄か、興味深げに相田家のインテリアや間取りやらに視線を投げかけていたのへ、睦は二階の自室へと誘導した。

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