第一章⑥ 梟の手紙

 森には再び静寂が訪れた。先ほどまでと違い、平穏由来の静けさだ。


 森の奥には、クロとカルネとミネ、そして気を失った魔女もどき。


 「カルネ、捕縛を頼めるか。また暴れられたら面倒だ。」


 「はい。ミネちゃん、ちょっと降ろすね。」カルネはミネの問いに、少し不安がったが、こくりと頷きカルネに従った。


 「フフフ、強いね子ね。ミネちゃんは。」


 カルネのほほ笑みは木漏れ日がよく映えた。彼女は「さて」と仕事モードに意識を入れ替え、気絶した魔女の方角に振り返る。

 カルネが捕縛用の魔法を唱えた時だった。


 「その必要はございません。」

 声の出どころは、気絶した魔女もどきの隣からだった。


 「誰だ!?」

 とっさにクロがミネを庇うように前へ出る。一瞬の遅れの中での最善策は、自身を盾にすることだった。


 「驚かせてしまい申し訳ありません。」


 虚空から三人の女が現れた。今までずっとそこに存在していたと思うのが自然であった。その確からしさが、でもあった。


 一人の女が先頭に立ち、残りの二人は紫色のローブを身に纏い、顔を布で覆っている。一定の距離間で三角の布陣をとっている。

 その先頭の女は、妙な装いであった。彼女を中心に雲がたっている。薄い棚雲をドレスの様に身に纏っている。

 短い白い髪に、雪の肌。唇は薄く、血も通っていないのではと勘ぐってしまう程だった。

 そして、もっとも印象的なのが、クロ達からみて右の首筋に「手紙を加えた梟」の文様が刻まれている。入れ墨とはまた異なる代物なのだろうか、時折脈打つように光を放っている。

 ーーー本物の魔女だ。クロは合点がいった。


 「私に敵意はありませんよ剣鬼殿。」女が微笑し、クロに語り掛ける。

 

 その時、クロは闘気を剣状に保っていた。クロの見せかけの殺気だ。女はそれに気が付いているのだろう。クロを宥めるようにつぶやく。どこか別の位相から発せられている様に、神妙な声音だった。


 「、、、カルネ。」クロは小声で相方の名前を呟く。


 「大丈夫、味方よ、、、恐らく、、、。あの人は クラウディア様。」カルネはクロに耳打ちする。


 「あら、貴女は北の魔女の、、、」クラウディアはカルネを見つめた。見入れば虚無が待っている空の魔女の瞳は、掴んでは消えてしまう雲そのもであった。


 「魔女見習いのカルネです。あの、、、「必要ない」とは?」


 「この御老体を此方こちらで引き取らせて頂けるかしら。今日は東の魔女の遣いなの。」

 クラウディアは倒れ込んだ老婆を起き上がらせる。老婆の顔中に砂や小石が付着していた。未だ気を失っている老婆は、膝をつきかのようだ。クラウディアは、そんな彼女を自らの方に抱き寄せ「かわいそうに」と囁く。背後から老婆の肩に手を伸ばす、その仕草が何とも艶めかしかった。

 

 「…嫌だと言ったら?」クロは挑発するようにクラウディアに問いかける。


 「あらあら、困りましたね。私と剣鬼殿とでは利害が一致していますのよ。」


 そう言ってクラウディアは指で虚空をなぞった。

 そして、次の瞬間に獣が呻く様な声が地を這うように響き始めた。声の主はクラウディアが抱きかかえる、あの老婆からであった。


 「うぐっ.....あぅ....。」


 糸状の雲が、老婆の首を絞めあげている。とても強い力なのだろうと、

老婆がもがき苦しむ様子から伺える。掴んでも、掴んでも首筋の雲の糸を緩めることができないらしい。見る見るうちに、老婆の首には裂傷が数を増やし続けている。


 「、、、もういい止めろ。」


 「ご理解頂けて良かったわ。剣鬼殿は心優しいのですね。嗚呼、なんて可愛らしいこと。」クラウディアは口元を押さえて微笑した。やはり、彼女の存在はどこかこの世のものではない様にクロには感じられる。

 

 「利害が一致してるってことは、第二師団長、、、北の魔女にも話はついているんだろ。ならあんたに任せるよ。」


 二人の会話を余所に、クラウディアの背後に控えていた手下たちが、再び地に伏した老婆を抱きかかえた。


 「元奴隷さん剣鬼さん。さ、ミネちゃんを連れて村に戻りなさい。もうじき正午の鐘が、、、。」クラウディアの声と、その輪郭が段々と幽かなものになっていく。


 「…はっ、マジで何時いつから見てたんだよ。」


 クロの捨て台詞を、クラウディアは聞いているのだろうか…。それは確かめようがない。

それに、確かめたところで何の意味もない。


 そこには、二つの可能性が まるで雲の様にぷかぷかと漂うばかりである。


 クロがやれやれといった様子で呟く。

 —――あぁ、魔女ってほんとに、、、。

 


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