第一章④ 過去の一端
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藁屋根の家は、暗く薄暗い。どこか光を忘れてしまったみたいに、陰鬱とした雰囲気だった。
クロが男をベッドに寝かせつける間、カルネはテキパキと指示を出す。ミレはその指示のもとオドオドしながらも家中を行き来している。
「ふぅ。処置、完了しました。もう大丈夫です。」
カルネは一息ついて、ベッド脇の椅子から立ち上がってミレに席を譲った。クロと御者が、食卓の椅子に腰を掛けていたので、カルネはクロの隣に腰をおろす。
「あぁ、なんとお礼をしたらいいか。ありがとうございます。ありがとうございます。」
ミレは何度も礼の言葉を口にした。何度も、何度も。部屋の染み入る声は憂いを含んでいる。それから、ミレは黙り込んでしまった。無言でクロ達に訴えかけている。それに気が付かないクロ達ではない。
「ここらの村で何があったんですか?」クロが口火を切る。彼の灰色の瞳にはミレの、いやこの村の諦念の気配を映していた。
「…魔女です。昨日の夕暮れ時に森に現れました。」
「魔女ですって!?ありえない。だって、、、」カルネにとって予想外の答えだったようで、勢いづいて椅子から立ち上がる。
世界の各地に「魔女」は存在する。
魔女達は各々が住処を持つ傾向がある。魔女たちの間でも「家を建てたら一人前」の様な考えがあるのかもしれない。勿論、その住処のほとんどが不法占拠極であるのだが。例えば、湖のほとりに。または忘れ去られた墓地に。或いは、池に面した森の中とか。(雲を住処に、世界中を漂う魔女もいるとかいないとか。)
基本的に魔女は、その住処を離れることはない。それ故か、住処に敵意を持って立ち入ったものに対しては酷く攻撃的になる。立ち入った存在が、人間であろうと、闇の勢力であろうと彼女達には関係のないことなのだ。
クロは立ち上がったカルネを宥めつつミレに続きを促した。
「その、、、魔女は「西の魔女が死んだ」と言っておりました。」
「「なっ、、、!!」」
今度はクロも驚きを隠せなかった。
先述の内容から分かる通り、魔女達は自由主義であり、尚且つ個人主義の権化であった。
それでも、おかしな事に魔女達の間では、魔女の魔女達による魔女のための社交界が存在した。それが「梟の手紙」である。
そもそもの話、この完全会員制のクラブのメンバーに名を連ねて初めて「魔女」として認められるのであった。勿論、「梟の手紙」に在籍していなくとも、魔女を自称することができるが、あくまでも「非正規の魔女」となる。
会員となるためには、既に在籍している魔女からの推薦が必要である。それゆえ、魔女たちの元には大抵「魔女見習い」が一人か二人ついている。
魔女達の中には人類との共存を望む魔女もいれば、闇の勢力に加担する魔女もいる。
政治的な観点からすると、右翼と左翼と言えるかもしれない。
その中で、人類最大の希望の大地とされるアルカニア大陸には、程度の差はあるが比較的「右派」とされる魔女たちが集まっている。彼女たちは、四方の名前を冠する4人の魔女によって束ねられており、その中の一人が西の魔女である。
四方の魔女の座を手にする事で、魔女達の管理という自由を縛る仕事を押し付けられるのだろう。そう捉える魔女も中にはいる。だが、ことアルカニア大陸において四方の魔女の命令は絶対である。つまり、その他の魔女を顎に使えるというわけである。それに、その面倒な仕事とやらも この際、職務倫理という言葉は無視できるものとして、「魔女見習い」に押し付ければ済む話なのだから。
つまり四方の魔女の地位には、実質的に何のリスクもなく、「私の命令は絶対」という権能が与えられる。その椅子が一つ空いたのである。
暫くの間は魔女達が活発化するな。―――あぁなんて面倒な。クロな内心で独りごちる。
しかし、一方のミレは事の重大さに気が付いていない様子で、言葉を続ける。これが本題だと言わんばかりに、「娘を攫って行きました。血の鍋を作ると、、、あぁ私の可愛いミネ、、、、。」
「…どう思う。カルネ?」
「直接確認しない事には何とも。」
「その、魔女 蜂の魔女といったところかな。そいつが言ってた「血の鍋」ってのは?」
「魔力を強める儀式よ。お師匠曰く、合理性を欠けらもない馬鹿げた手法なのだとか。とても古い手法なの。長い間森に潜んでいたのかしら。」
それともう一つ解せないことがクロにはあった。魚の骨が喉に引っかかっているみたいだ。
「ミレさん。その、軍に助けを求めないんですか?「発光玉」は村の長に支給しているはず。」
発光玉は、魔法を込めた「親岩」を砕き、その小さな欠片「子石」を磨いて作られる。元々一つの岩であったため、子石と親岩は特別な「繋がり」を持っており、親岩に込めた魔法が子石にも及ぶ。
発光玉の仕組みは、子石が砕かれると、その衝撃が親岩に伝わり、親岩が光を放つというもの。この特性により、子石を村や任務地に、親岩を軍本部などに置くことで、子石を壊すだけで即座に危険の知らせが届く。発光玉は発煙や閃光弾と異なり、発光は本部側の親岩だけに現れるため、敵に察知されにくく、安全な警報手段として活用されている。
「・・・それは出来ません。第三師団には助けを求めない。それが村の意思なんです。」
ミレは下唇を強く噛みしめる。涙の代わりに、血が滴った。
アーガスト帝国国防軍は第一から第八までの師団からなり、それぞれの師団が各分野で軍務をこなしつつ、支部周辺地域の治安を維持する仕組みとなっている。ミレの言う通り、帝都周辺の村々は第三の管轄地域であった。
「なぜ?」とクロが問う。彼は、既にその答えを得ている。彼はその柵の始点なのだから。
「元奴隷の集団に命を救われては、村の面子に関わるからだと。」
奴隷制を敷いている国は数多く存在した。
その中で、
7年前、アーガスト帝国では、剣帝グランにより 奴隷解放令が出され、元奴隷にも法律上の人権が認められた。しかし、かつての優越感を持つ人々は、手にした優位を手放しがたく、今なお元奴隷たちを蔑む風潮が残っている。
「あなたは、それでいいの?」
カルネの声は酷く冷淡なものだった。蔑みと憐れみと、そして憤怒の数々が湧き出る泉が凍ってしまった様な表情だ。そして、「村の面子は、子どもの命よりも重い事なの?」と続けた。
「そんなわけないでしょ!!あなた方には分からない。きっと村長の家族の誰かが攫われたのなら、即座に助けを呼んだでしょう。でも、攫われたのは只の村の子供。私たちは弱者よ。私たちはこの村でしか生きられない。ここで生きていくのなら…受け入れるしかないの。」
ミレの慟哭が孕む、様々な思いをクロは知っている。皮肉にも奴隷時代に嫌というほど思い知らされた。圧倒的な強者を前に、弱者はただひれ伏すしかない。受け入れがたい現実。度し難い、倫理の破壊行為の数々を「無念」の二文字に落とし込んで、言い聞かせるしかないのだ。…それが弱者として「強く生きる」術なのだろう。
「あなたねぇ!!」カルネの怒声にミレは慄いた。身を乗り出したカルネにぶたれると思ったのだろう。事実、カルネは腕を振り上げかかっている。
「カルネ。」
クロの声はあまりにも静かで、確かな力を秘めていた。「…ぅ。」とカルネが踏みとどまる。
「ミレさんの意見は最もだ。もしかして、ご主人はお一人で娘さんを?」
「…はい。」
クロは立ち上がる。そして、剣の柄に肘を乗せながら戸に向かう。カルネは無言のまま彼に続いた。一度、ミレを無言のまま睨む。まだ、怒りが収まらないのだろう。しかし、彼女の中では団長であるクロの意思が何よりも優先される。
「ご主人は立派な人だ。自らの命をかえりみない勇気…誰にでも出来る事じゃない。」
「…えぇ」ミレは自身に棘を刺されたのだと感じ、涙した。
「それに、貴女だって立派だ。無鉄砲ばかりが強さじゃない。」
「……。」
「そういえば、自己紹介がまだでした。俺、、、私は国防軍第三師団 団長 クロというものです。お察しの通り、元奴隷です。」
「えっ…。」
ミレは、はっと顔を上げる。驚きと羞恥に言葉を失い、やがてクロの今までの言葉が胸に染み入るように理解され、体が震え始めた。
「あ、あの……どうか私たちをお許しください。あなたのような方が……本当にごめんなさい。こんな無礼を……」
気づけば、ミレは涙を浮かべていた。その涙は、心の何処かで自分も「村の面子」とやらにしがみつき、心の片隅で奴隷たちを見下していたかもしれない、後悔と自己嫌悪が混じったものだった。
もしも本当に娘を思うなら、無理にでも発光玉を砕くべきだったのではないかと――彼女は深く悔いた。
ミレは口を開く。微かに声が震える。
「私は……私たちは。」
彼女の中で後悔が溢れ出す。だが、それをクロの前でただの謝罪にしてしまうのは、彼女にはできなかった。
「ミネさん。」カルネがミレの言葉を遮り、首を振る。私は、私たちは、そんな言葉を求めていないと、無言のまま、しかし明確にクロの意思を代弁する。
「ミレさん。はっきり言って、お子さんの命は保証できない。…それでも構わないかい?」
差し込んだ幽かな希望は、元奴隷の少年からのものである。
「娘を、、、ミネをお願いします!!」
「カルネ副団長。」
「はっ!!」
「魔女狩りだ。」
開かれた戸に、昼前の陽光が差仕込んだ。
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