第一章② 帝都までの道中にて
クロとカルネは、師団支部にて軽めの朝食を済ませ、早めに帝都へ向かうことにした。本日の昼より、軍の定例会が予定されていいた。
現在は帝都に向かう道中で、クロとカルネは馬車に揺られていた。少しだけ開けられた窓より入り込んでくる風は、日と草花の香りを運んできた。この時期はファルの花が見ごろを迎えている。それは春の終わりを告げる花であった。
「団長、副団長。馬車もいいもんでしょう。本日はタルバ達が車を引いてるんで、風が気持ちいんです。」
御者が振り返って、二人に話しかける。舌を嚙まないように、少し舌足らずな喋り方が印象的だった。
タルバは第三師団が誇る毛並みがめっぽう良い馬の名であった。また師団内の馬の中では最も足が速かった。
「団長には体に毒かしら。」
くすくすとカルネがほほ笑んだ。
「ガハハハッ。昨日はネロ達が任務から戻ってましらからな。盛り上がりましたな。またやりましょう。いや、今夜やりましょう。」
「フフフ、楽しみね。」
口に出してはいけないが、第三師団内で一番の酒豪がクロに視線を向ける。
「…本気で禁酒令を出そうかな。それで、そのネロ達は?」
「今朝たちました。周辺地域の見回りだとか。」
「えぇー。」クロの唖然とした声を聞いた二人は、弟を愛でるように微笑んだ。
しかし、平穏なひと時は終わりを迎える。それは突如ではなく、次第に一歩づつといった具合に。
「お二方。少し様子が、一旦止まりやす。」御者が告げる。
「どうした?」
クロが御者台に身を乗り出しながら問う。
「静かすぎまっせ。」そう御者が答えた。
帝都までの道のりは山を一つ迂回する必要があり、その途中に幾つかの村を通らなければならない。クロは思い返す。そういえば、今日はまだ一人の村人も見ていない。
村人たちは、自然とともに生きている。「一日を怠惰に過ごせば、向こう三日の生活が成り立たなくなる。」この地域での教訓のようなものだ。
畑や川に池、それどころか村の家々が全ての窓を閉め切り、戸を固く閉ざしていた。何かを恐れているのだろうか。
木に軛をかけ、御者が馬車の扉を開いた。その時、
この村で一番大きな畑の側にある池の辺りから、人の慄く声が鳴り響いた。家や木々といった遮蔽物があり、クロ達からはその全容を把握することができない。ただ、尋常ならざる悲鳴だった。
「カルネ、御者のおっさんの守護!!」
クロはカルネに指示を出すや否や、一直線に声の元に駆け出した。踏み込んだ地面は抉れ 一瞬の間を置き、突風が舞い起こる。クロは既に抜刀しており、鈍く光る刀身の残像が尾を引いているようだった。
そしてその刹那に御者は見た。…気がする。
薄紅色の霧がクロの身を包んでいる幻を。
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クロが現場に駆け付けるまで、一秒も要さなかった。
そこには、
池のほとりで男が一人、踊っていた。おそらくあの悲鳴の主だと推測できる。ただ、喉がつぶれたのか声音も次第に弱くなっている。しかし、依然として激しく踊り狂っている、まるで愚者のように。
妙な服装だった。ミノムシを思わせる、黒いマントで全身を包み込んで、自分の顔だの腹だのを目一杯叩いている。その度に、黒い埃が経ち、男の周りを群がっている。
いや、違う。あれは服なんかじゃない!! クロは目を凝らし確信した。
男に無数の蜂が纏わりついていたのだ。蜂たちが明確な意思を持って、男に群がり襲っている。
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逡巡することなく、
クロは一度 深く息を吐き呼吸を整えた。それは剣鬼の臨戦の意を表す。
クロの体の周囲に、薄紅色の霧が立ち込める。御者が先ほど見たものは幻ではない。それは闘気と呼ばれる代物であった。
闘気とは端的に説明するならば、「仮想の筋力」が最も適している。血のにじむ鍛錬の末、或いは死地を生き抜かんとする意思が体の内に収まり切れなくなった際に初めて発露する。
魔力の有無とは違い、誰しもが体内に留まる範囲に闘気を持ってる。
闘気をその身に纏えば如何なる攻撃も通さぬ鎧となり、武器に纏わせれば言わずもがなである。(蛇足だが、闘気を発露する者との戦闘では、闘気を削り取る必要がある。)
足に一段と多く闘気が漲り、そして弾ける。
クロは肉体の限界を超えた速さで、蜂の群れに飛び込んだ。
そして例の男を抱きかかえ、次の瞬間には近くの木陰にそっと寝かせつけていた。
男の全身の至るところが、痛々しく腫れあがっている。呻くような呼吸は途切れ途切れである。
一方の蜂たちは、何が起こったか分からない様子で、先程まで男を襲っていた場所をブンブンと飛び回っている。
その中で一匹の蜂がクロの存在を認め、次の攻撃対象にしたようだ。そして続くように蜂が一匹、十匹、そして桁が飛んで数千匹 クロをめがけて襲い掛かる。
クロの背に守られた男が、その羽音を聞き発狂し、身をくるめた。それは目の前の蜂たちに植え付けられた反射的な恐怖なのだろう。
「大丈夫。少し眠ってるといい。」クロは振り返らずに呟く。剣先を地面に向けてゆらゆらと左右に振り、そして下段の構えをとった。
蜂の群れが密集し、黒い球体を思わせる陣をとった。しかし、それは悪手…というより無意味な事であった。
蜂の玉がクロの眼前に迫る。そして次の瞬間「シュンッ」と何かしらが切り裂かれる音が、静かに鳴った。幾千、幾万もの短い音が一つに凝縮された音だ。
数千の蜂は只の一匹も例にもれず、羽と頭と触覚と胴体とが四散した後、地に伏した。
蜂の雨にふられながら、鞘に剣を納めるクロ。そして木陰に横たわる男。
それが、クロを追ってきたカルネと御者が目にした光景だった。
これらは全て、事の発端から数十秒での出来事である。
「ふぅ カルネ、【回復魔法大全】は持ってきてるな。この人を頼む。蜂に刺されまくってる。」
「・・・直ちに!!」
カルネは、駆け付けたそばから魔導書を開く。
「ティル・ビル」と短く詠唱し、手元の草を右手でむしりとり握りつぶす。
すると魔法陣が腕輪の様にカルネの右手首あたりに現れた。辺りに爽やかな匂いが立ち込める。彼女の拳からは一滴、また一滴と緑色の雫が垂れ堕ちる。それは癒しのエキス。即席の魔法薬であった。
「腫れが酷い。」
「治せそうか?」
「…えぇ。でも、もう少し清潔な場所に。」
「それなら、馬車の中はどうでしょうか。今朝掃除したばかりでっせ。」
御者が言葉を思い出したように提案した。
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フレーバーテキスト: 闘気
仮想的な肉体或いは、その気配。仮想的であるがゆえに、そのリソースをどう扱うかは自由自在であり、成長の観点からみると、際限がなかった。
魔力とは違い、完全に後天的な才能となるため、
一部の過激な魔法使い達からは
確かに、魔法の才能があるものは魔法を極める方が得策である。
しかし、魔法と闘気では完全に別物である点、注意が必要である。
※闘気ってのは、つまりアレです、ハンター×ハ○ターとか、呪術○戦とかのアレです!!
あと、帝国とか師団とか勢いで設定したけど、古き良きミリタリーオタクとかじゃないから全然わかんない。参照:Wikipediaな知識でごめんなさい!!
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