夜空を彩るうたかたの花

第3話

「綺麗~!」

「だろ。君のための特等席だよ」

 他に人のいないビルの屋上から眺める花火は、風に乗った火薬の匂いがしそうな距離感も相まって、迫力と同時に美しさも増すように思えた。


「ねえ、わたし、毎年こうやって特等席から花火を観られるの?」

 嬉しそうに、彼女は言った。


「ああ、もちろんだよ。君がそうしたいなら、ね」

 男は彼女の肩を抱き寄せ二人の距離をなくし、それから人差し指に彼女の髪の毛をくるりくるりと巻きつけては外し、を繰り返した。


「もう……」

 くすぐったそうに、それでも男の肩に身を預けて、彼女は音と色彩のタイムラグのほとんどない光の饗宴を満喫していた。


「ところで、あの話……」

 髪の毛をいじっていた指先が、今度は彼女の頬にそっと触れた。


「わかっているわ。大丈夫よ、準備できてる。明日渡せるわ」

「ありがとう。未来の院長夫人」

 彼女からはほくそ笑む男の顔は見えなかった。

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