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第4話

* * *


 前方のカーブを対向してくるタクシーの運転席側後部座席のドアが開いたかと思うと、何かが転がり落ちた。


「おっと」

  充分な距離はあったものの運転していた悠汯ゆうこうは反射的にブレーキを踏んだ。


「なにか、落ちた?」

 助手席の煌佑こうすけも異変を目にして言った。


「人、ですね」

 言った時にはすでに、悠汯はバックミラーで後ろを確認しつつ最徐行していた。


 胸になにかを抱き抱えるようにして、惰性に任せるように車道を二転三転していくのは──、女性のようだ。


 それはアクシデントなどではなく、まるで自分の今ある状況がどういうものかを正確に理解しているように、女性は立ち上がるとすぐさま辺りを見回すこともなく、タクシーの進行方向とは反対側の路肩へと走り抜けた。


「落ちたんじゃない、飛び降りたんだ」

 煌佑が言った。


 こちらの車がゆっくりとゆっくりと進む間に、すぐ前方で一度停止したタクシーのドライバーが後ろを振り返り、それから開いたドアが中から閉じられ、後続車が迫り、再び走り出すようすを、まるでスローモーションのようだと思いながら煌佑は見ていた。


 女性を照らすヘッドライトが弧を描いて通り過ぎる。


 刹那の灯りの中で、転がり落ちた女性はタクシーがいったんブレーキを踏んだものの、そのまま進行方向へ走り去って行ったのを見届け、ほっとしたような、達成感に満ちたとでもいうような表情をしていた。


 ──かっこいい……

 煌佑の心中で声にならないつぶやきが漏れる。


「停まりますか?」

 悠汯は女性を救護するかどうかの指示を仰ぐ。

 ちらりと見やった煌佑の横顔には、何か特異なものにでくわしたような小さな衝撃が浮かんでいた。


「いや、いい。ナンバーは見たか?」

 直感に近い想像でしかないが、ああいった状況では見ず知らずのこちらも機に乗じた不信者と思われるリスクがある、そう煌佑は判断した。


 それに彼女のようすを見るに、弱者のそれではなくまさに確固たる自我のなせる結果に思える。


「はい」

「調べておいてくれ」

「承知しました」

 車速を戻した悠汯が、電話を掛けようとハンズフリーのイヤフォンのスイッチに手を掛けた。


「ああ、明日でいい。『ボニタス』へ行く」

 ふと思い立って、煌佑はナイトクラブの名を告げた。

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