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第2話
* * *
週末の夜の街は、普段縁のない色と音と香に満ちている。
艶やかなドレスや粋な着物に身を包み、しっかり化粧をキメた美女たちが侍る。
──いくら取引先だからって、送別会がナイトクラブなんて……
ずいぶんと高い背もたれのソファーに浅く腰かけて、
派遣社員としての契約期間を全うして、今日最後の勤務を無事終えた。この場の主賓は珠有玖だ。十四週間という短い間ではあったけれど、トラブルもなく、まあまあ自分としてはよくやったと思う。
産休の代替要員という固定観念のせいか、さすがに惜しまれてというほどの人間関係を築く風潮もなかったせいで、この送別会もどこか通常の飲み会みたいに感じる。二次会はなし、と規定されているらしく、そろそろお開きの時間だ。
「さあ、それでは最後に……、みんなグラスは持った? 短い間ではありましたが
部長が立ち上がって口上を述べた。
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾ぱ~い」
唱和でひとしきり、ナイトクラブ「ボニタス」のそこだけが浮いたように盛り上がる。
上品な笑みを湛えたホステスが見守る中、一部の社員が一気飲みをする。
「水城さん、お疲れさまでした」
「お元気で」
「お疲れさま」
「また、一緒に仕事したいです」
社交辞令じゃなきゃ嬉しいんだけどな、と思いながら珠有玖は笑顔で返した。
「ありがとうございました」
「それじゃあ、解散」
佐々木部長の一声ですぐに撤収開始だ。
ぞろぞろと社員たちが席を立ち出て行く。きっとそれぞれに次の行先は決まっている。居酒屋か、カラオケスナックか、キャバクラか……
──さて、これでホントに終了~。
一人で飲みに行く気分でもない。珠有玖はもう早く帰って休みたかった。
駅までは歩くと結構遠い。今からタクシーを呼んでもらうのも気が引ける。自分には不似合いなこの高級クラブで、ほんの僅かの間でも一人残るのは寄る辺ないことこの上ない。
重厚感あふれるドアをボーイが開けてくれている。珠有玖は会釈をして外へ出た。
「佐々木さん、タクシーきました」
真っ赤な口紅の似合うホステス、
「ああ、ありがとう」
珠有玖のすぐ後ろで部長の声がした。
──ん~、さすがだわ。
佐々木部長の周到さはこういう場所でも万全、いや、こういう場所だからこそなのかもしれない、と珠有玖は思った。
「水城くん、帰るんなら送っていくよ」
「いえ、ご迷惑になりますから」
丁重に断って、珠有玖は辺りを見回した。
空車で待機中のタクシーも見当たらない。すぐ近くにはコンビニの類もない。どこか適当なところまで歩くしかない、か。
「遠慮するなよ。さあ、乗って乗って」
里桜がまだ見送りのためにドアの前に立っている。
「ありがとうございました。またいらしてくださいね」
酒焼けとでも言いたいハスキーな声を背中に、珠有玖は佐々木に半ば押し込められる形でタクシーに乗せられた。
パタンとドアが閉まり、部長が里桜に手を振った。
「どちらまで?」
運転手が事務的に訊ねた。
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