家族


「もう!ずっとなにしてたの?!家にいたんだから洗濯物くらい畳んでよ!」


「いいだろ、しまってやったんだから」


仕事から帰ってきたばかりの妻のミチコと、休日で家でゆっくりしていた夫とリュウジの喧嘩を、まだ5歳の娘のミユウが黙って見つめている。

体を小さくして小刻みに震えているその小さな体には、古くさいくまのぬいぐるみが抱えられていた。


「だから洗濯物いれてやったんだからいいじゃねぇか!」


「それだけでしょう?!あなたはいつもなにもしないで!もっといろいろやってよ!」


「うるせぇ!」


リュウジが何か言いながらミチコに何かしている。

男の罵声と女の悲鳴が頭に響き、視界には砂嵐がかかっていて、ついに頭の痛みに限界が来たミユウは、自室に逃げるようにして走っていった。


 




とある日


「ねぇ貯金からお金が引かれてたんだけど?」


「ちょっと使った。まぁすぐ稼げるでしょ?」


ミチコはため息をついた。


「あのさぁ、あたし疲れてんだよね。簡単に稼げるとか言わないでくれる?」


「簡単だろ?男と酒飲んでればいいんだから」


「だからさぁ!」


またいつものように喧嘩している。

喧嘩の内容ほとんどが金だ。

前だって同じようなことで喧嘩していた。


「養育費は?」


とか


「またいくらか引かれてるんだけど?」


とか。

ミチコが稼いだ金はほとんど貯金に回る。

が、その貯金はリュウジによってほとんど使われてしまうのだ。

何に使っているのかは分からないが、そのせいでいつも喧嘩している。

夜はどちらともいなくなるから、ミユウはいつもくまのぬいぐるみと過ごしている。

まだ楽しかった日々と共に、3歳のお祝いにもらったくまと。








またとある日、学校で1人で座っていたとき。

ガキ大将が声をかけてきた。


「おい!お前のかぁちゃん、水商売してんだろ?そんなに金がないのか?お前んちは可哀想だなぁ!スマホも持てないなんて!見ろ!俺のなんか最新型だぞ?!あ!貧乏だから買えないか!」


取り巻きたちもゲラゲラと笑っている。

その笑い声はミユウの頭をついていくように気持ち悪くまとわりついた。









ある日またミユウが1人で過ごしていると、急に目の前は家ではない何処かにいた。

目の前には大量の金とスマホが置いてあった。


「ここどこ?くまちゃん」


不安をぬいぐるみと共有するように強く抱える。


「こんにちは」


後ろを振り返ると知らないお兄さんたちが4人。

1人は椅子に座って微笑んでいる。

2人はその人を挟むように立っている。

あとの1人は不安そうに3人の後ろに立って、こちらを見つめている。


「こんにちは、おにいさん。ここ、どこ?」


いつものように春が応える。


「こんにちは。ここは何でも屋。君が欲しいものどれか1個だけ、持ってっていいんだよ」


欲しいもの…




私が、




欲しいもの…か

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る