銀の鳥
「やっと目を覚ましたか」
ベッドに横たわる
「私は……どれくらい睡っていたのでしょう」
かつて燃えた紅い瞳も
「丸三日。一時はどうなることかと思ったよ。ロブラ回復者からの輸血が効いたのかもしれない」
「ロブラからの、回復者…………」
「ああ。
「あの子にはお礼と……お別れを言わなければいけませんね」
「……そろそろ期間満了だったな。任期延長は……しないようだな」
窓から射す熱気を帯びた光に、
「警報は鳴っていましたでしょうか」
「一昨日からは出なくなった。焼き尽くされた陣地からは禄に高射砲も撃てない、穴だらけ飛行場からは戦闘機も飛ばせない。こんな島に使う弾薬が惜しいらしい。この島を素通りして他の島へ向かっている」
炸裂性の卵を孕んだ銀鳥の群れは、ギラギラと太陽を照り返して青空を行く。
「不謹慎かもしれませんが……綺麗」
名画の前に立つ少女のように、
「新雪の朝に窓を見て、ああ、また雪かきだと肩を落とすとき、悔しいけれど、綺麗だなとも思うのです」
「魘されている間、何度も同じ夢を見ました。熱帯雨林を彷徨って暑さのあまり倒れ、目覚めると冬山で雪に埋もれていて、熱いのは私の躰だったと気付くのです」
「熱病に魘されて死ぬより、故郷の雪に埋もれて死にたい」
振り向いた
「あの人……炭焼きのことしか知らない不器用な人だけど、とても素直なんです……知らないことは、きっと私が教えられる…………」
そう言うと、
「盗み聞きとは」
「偶然耳に入っただけさ」
「そっちも勧めない、と云ったはずだがな」
*****
シーツで身体の前を隠しながら、
脇の机からグラスを取り、底に残る褐色の液体を飲み干した。シロップのような甘苦さが
気怠げに寝そべったままの
「ノイ・ハイマットラントの薬草酒はお気に召しましたか」
「ええ。自分で漬けたのとはまた違う味わいね」
枕元にはジャスミンの花が並び、濃厚な香りを漂わせている。
「ぼくたちが無職になる日も近いですね」
「占いは好きではないのではなかったかしら。
「客観的事実に基づく予測です」
カーテンを閉めた窓の外からは、見ずともわかる、銀鳥の群れが渡る轟音。
「そうね。失職もそうだし、この状況では自分の命の行方を予測した方がいいかもしれないわね」
机の上には竹筒に立てた筮竹があった。
「ぼくは、きっと生き残ります」
「占いでなければ、運に自信があるのかしら」
「運ではなく、確率の問題です……ぼくは秘密の鼠忌避薬を部屋に置いていましてね」
「……やはり効くならなんでも、というわけ。ねえ、皆が懸命に考えた結果がこれなら、占いの方が良かったのではないかしら」
じゃっ。
「確率の問題といったわね。占いなら、少なくとも半分の確率で、まともな方の答えを引けるでしょう」
小さく体を起こして長い腕を
「あなたの予想通り、生きて失業者になったら転職先は」
「祖母の病院にでも勤めればいいと考えていました。しかし――」
そこまで言うと
「実は、内地に戻ったら北部統括隊司令部の衛生課に来ないかと言われているの。臨床ではなく、衛生管理の監督や計画策定などが主な仕事よ。ロブラ対策の特任部門を新設するという動きもあるわ」
オリーブ・グリーンの森に
「あなたが軍医学校を卒業したあと、一緒にどうかしら」
窓の外で、置いていかれた銀鳥が仲間の後を追うような音がした。
「もちろん、それまで私たちの職場が解体されていなければ、の話だけれど」
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