刷り込み
半身が少女の鷲は真っ直ぐ巣に向かう。
羽毛に覆われた乳房と縦長の臍。羽ばたくたび生白い胸元の鎖骨が大きく上下する。
鷲は後ろ足で
鷲は鉤爪を
男の閉じた瞼は周囲に皺一つなく、微動だにしない様子は人形のよう。鷲が翼で男の顔をはたくと、男はくしゃみをして、眼を開いた。片手で鷲の頭――――少女の顔をしている――――を撫で、もう片方の手で眼を擦りながら立ち上がった。長袴から伸びる裸足の指からは鉤爪が生え、一歩ごと先端が岩を掻く。
「私は何を……そうだ、いきなり注射を射たれて……」
鷲は、撫でられながらも頭を霞早太の掌に擦り付ける。霞早太は血池に浸かって息絶えた鋸浦の姿を認めて、床に転がる
「どういうことでしょう。君がやったのですか。これでは掃除が大変です」
霞早太は
「少し会わない間に随分育ちましたね。それに、何ですかその汚い声は」
「そんな……『
「しなやかな関節と玉の声を喪った者に興味はありません」
霞早太は泣き伏せる
人面鷲は鋭い歯で蛇の頭に喰らいつき、上を向き暴れる細い身体を嚥下していく。蛇も、巨大な鷲にかかれば蚯蚓が如しだった。
「説明してもらいましょう」
「あなたが私の後任ですか。そうですね……私は死んだことになっているようで、実際、死にかけましたが、そのとき彼女に出会ったのです」
*****
蔓に捕まった霞早太が崖から落下する。崖上で蔓を支える樹を支点に振り子のように身体が揺れ、勢いよく足から壁面に衝突し、膝から下が砕けた。霞早太は苦痛に顔を歪めながらも、再び壁面に近付いた瞬間、下方にある壁の穴を目掛けて飛び込んだ。頭を洞窟の壁面に強か打ち、地面へ倒れ込む。頭から血を流し、裂けた脚を引き摺り洞窟の奥へ這ってゆく。陽が届かない暗闇を進むうち、光る物体を見付けた。巨大な卵だった。
霞早太が身体を起こし、枯れ枝で組んだ産卵床に横たわる卵を眺める。
上部の先端は丸みが強く、下部は緩く尖る形は鶏卵と同様だったが、鶏卵より、駝鳥の卵よりも大きく、米俵ほどもあった。陽の入らない洞窟にあっても表面がうっすらと輝いている。霞早太が呆然と眺めていると、中からピイピイと鳴き声が鳴った。すぐに殻の中央寄り上部にヒビが入った。ヒビは円周状に広がり、隙間から、幼女が顔を出した。透明な粘液で濡れたオレンジの髪が額に貼り付いている。
殻から飛び出す幼女の顔が、じいっと霞早太を見詰める。ひぃっと声を上げ霞早太は立ち上がりかけたが、すぐ脚がもつれ尻餅をついた。
卵の割れ目は広がり、オレンジの綿毛に覆われた両翼、次いで胴と脚が殻から出た。ぴぃぴぃと鳴きながら鷲が霞早太に近付き、膝に乗った。霞早太は仰向けに倒れ、鷲は頭を霞早太の顔に擦り付けた。鷲の髪から滲む粘液が、人間の口に入る。ばくり、霞早太の心臓と身体が跳ね、目を見開いた。荒い息を吐きながら、鷲の髪を撫で、手に付いた粘液を舐め取る。喉を鳴らして飲みくだす。鷲の髪に吸い付き、粘液を啜る。項を、喉を舐める。
鷲は、幼女の顔で笑った。
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