鳥の章
巣
――お父様、
――そうだな、一般的には、羽毛と嘴があり、硬い卵から生まれるものを鳥と呼ぶね。ああ、卵といえば。魚や蜥蜴は雌が直接仔を産むものもいるが、鳥は必ず卵から生まれるんだよ。
――なんだか、よくわからなくなってしまいました。
――混乱させてしまってすまない。つまり、人間が鳥のようだと思う生物を鳥と呼ぶんだ…………しまった、余計に混乱させてしまったかな。
ぼんやりと幼い頃の記憶を反芻しながら、
卵が割られると、すっかり茹で上がった雛が、文字通り顔を出した。頭部にはうっすら毛が生えている。頭の周囲以外の箇所は、まだ卵白、あるいは卵黄の状態である。
一番乗りの
「なぜこんな残酷なことができるのです」
「残酷も何も、君だって卵や鶏肉を食べるだろう」
「鶏はきちんと締めてから食べる。これは生きたまま茹でるようなものじゃないか」
今にも泣き出しそうな潤んだ目の鋸浦に、
「栄養価は高いわよ。単なる迷信じみた薬膳というわけでもないの」
「何の騒ぎでしょう」
「新しい料理の試食よ。卵は良質な脂質を含む一方、こうすると蛋白質の比率が高まるわ。成長期の彼らに必要なものね。評判が良ければ患者にも出そうと思ったのだけれど」
「鶏舎の運営が順調にいけば……味は気に入ってもらえたようね」
「なら、卵を獲ってくればいい。実は、鳥の巣がたくさんある場所を見付けたんだ。飛行場に行く途中の道から逸れたあたりだ。一緒に行かないか」
「あの方角は駄目だ、よくないことが起きる」
断られて不満げな顔の
「なら俺が。卵は食べたい。明日の仕事は午後からだから、朝のうちに行こう」
「ああ。卵が割れると困るから、椰子の繊維を袋に詰めていこう」
計画を立てる二人を、
「手榴弾も銃も使いませんよ。それなら構わないでしょう」
「そうだな。卵はいろいろ使い出があるし……ぼくも欲しいくらいだ」
*****
反り立った崖の腹に灌木が這う。
「思っていたより高いな。それに大きい。巣には近付かない方がいいだろう。あとで射撃が得意な者に親鳥を撃たせにでも来させよう」
「
「鷹か鷲かもしれない、危ないぞ」
「そうだ、特に君はまだ無茶をしない方がいい。X線写真で骨折は見つからなかったが、小さなヒビや助軟骨は写らないし……」
そうこう言う間にも
「あの、先生……」
不意にバサバサと羽音を立て岸壁の巣から一斉に鷲が飛び立った。
ハッとして
「メカクレ!」
「あれは鷲の巣」声が降ってきた「近寄りとうない」
小枝を寄せ集めた椀型の巣に辿り着くと、中は空っぽだった。かわりに、岸壁に昏い孔が空いており、奥から物音がする。
ゆっくり進むと、天井から吊るした布で奥と仕切られた空間があった。中央に湯呑みの載った座卓があり、壁際には缶詰の空き缶が積まれている。布の裏の様子は見えないが、揺らぐ灯りと子どもの啜り泣き、それと、ぎぃこ、がぎぃ、鋸で硬い物を挽くような音が漏れていた。
布の中央には切れ目があった。
布の隙間から、正面の壁にだらりと
「やめろ」
「別に、もう死んでますよ」
「他の者も、君が……」
「ええ」
答えながらも
「何故」
「
「そんなことをして何になる……蛇に呑まれた者もか」
「まさか。間抜けな脱走兵なんか知ったことではありません」
「なら、アルフは……」
「ああ、捕虜の。目障りなんですよ、あちこち嗅ぎ回る蛇もその飼主も……」
地の底で渦巻いて唸る風のような声で、
「鳥に喰われてしまえばいい……」
洞窟の外で、大きな羽ばたきが聞こえた。
遥か足元では、
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