赤い水
会議室の長机を、院長以下、軍医たちが取り囲む。
湖弓がノートに万年筆を走らせながら言う。
「――えー、では、昨日の事案を鑑みて『手榴弾での魚獲り禁止』という規則は『手榴弾での狩猟禁止』に改めるということで。ああ、例の少年たちには、次こそ反省室送りだと警告しております」
「狩猟禁止にもちろん異議はないけれど、食糧不足も心配ね。きちんと食べなければ癒るものも癒らないもの」と
若い少尉が答える。
「そちらも考えております。畑を拡大し、鶏舎も作りました」
「それは重畳。是非励んでちょうだい」
上座に座る院長、
「錦蛇の中身は、行方知れずになっていた高射砲部隊の者だったな。解剖結果は」
「死因は窒息で、生前に肋骨と上腕骨が折れています。その他の損傷は少なく、錦蛇に絞め殺され、丸呑みにされて間もなかったと見て間違いありません」
「今回は素直な事例だな」
「遺体だけ見ればそうですが、実は気掛かりな点もあります。彼は元来情緒不安定の傾向ありとは聞いていましたが、親しい者が最近明かしたことには、彼は行方知れずになる前、しばしば軍への不満を口にし、その上」――――
激しいノックの音がして、
「会議中に失礼いたします、捕虜の容態が急変しまして……」
*****
ベッドに横たわるアルフは目を閉じ、大きく胸を上下させている。
「ドクトル、死ぬ前に本当のことを言わせてくれ」
「エンジンがいきなり火を噴いたというのは嘘だ。恥ずかしいから黙っていたが俺の操縦ミスで落ちたんだ」
「あまり喋ると……」
「いや、続けてくれ」
「俺はパイロットに向いていない」
「ビタカンです」
「戦争も、藪蚊ばかりのジャングルにも、うんざりだ……」
「あの、血液検査では、マラリアだと……」
「光学顕微検査でロブラは判別できない……二重感染だ。早くマスクと手袋に消毒薬、誰か看護師も……」
「ミシガン湖畔の静かな
「あ、ああ……春の朝には
「おい、どうした」――――
バケツで血を被ったような身体から、ゆらり手を伸ばし、アルフは脇机の注射器を掴んだ。
「止まれ」
「来るな!」
針が
ばちゃり。
血海の中へ、アルフが倒れた。びくびくと痙攣し、都度血を跳ねさせる躰を残して、医者と看護師は逃げ出した。
*****
手術台の上、全身を隠す覆い布の隙間から、開かれた腹を露わにする死体が横たわる。
傍らでは
「妙だと思ったのです。ロブラとマラリアの二重感染にしても、進行が急すぎます」
「錦蛇からは出なかったから、ようやく終わったと思ったが」
湖弓が溜息をついた。
「
「仮に感染していたとしても潜伏期間です。彼女も
「マラリアでも脳症による他害行為はあります。衰弱しているからと油断せず、武装した兵士を同行させるべきでした」
「その点は俺も油断していた。あの脚で大したことはできないと思ったが……」
湖弓は、このあと盲腸の手術がある、と言い残し、若い軍医を伴って去っていった。入れ替わりで
「珍しい症例なので見ておこうかと思ったのだけど、もう終わりかしら」
「はい」
「彼とは親しくしていたようね」と
「ここに来てから、いえ船の上でも、沢山の患者を看取ってきました」
「そうね、いきなり大変だったと思うわ…………」
「人間、皮膚の下一枚は皆同じなのですね」
面を上げて
「
「手術の腕は見込みがあると湖弓が言っていたわ」
「人間、誰しも得手不得手があるでしょう。実を言うと私の興味もどちらかというと研究にあるの。
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