人造樹脂
医師詰め所の机に、鼠やヤマネが描かれた紙が広げられている。
「それは何だ」
「啓発ポスターです。湖弓大尉のご指示で。絵は、
「彼らは残念だった。なにせあのあとは……」
「最終的に同室の者は全員が感染し、飼い主の少年は二週間後に〝溶解〟、同室の者も数名、後に続きました。死は免れても、失明した者や脳症の後遺症で歩けなくなった者もいます」
「ヤマネ禁止を軍隊生活の基礎だと心得てもらいましょう。ポスターも各部隊に配布して掲示させます。ポイ捨て禁止、火気厳禁、ヤマネ絶対厳禁、というわけです」
墨も乾かぬ紙を掲げて
「このポスター、燃やした方が良さそうですね」
「濡らして口に巻くべきかもしれんな」
*****
「セルロイドは高温下で自然発火する。度々火災を引き起こしており、軍医部の頭痛の種だ」
小屋の近くでは兵士たちが荷車に乗せた手押しポンプを操り、炎に水を浴びせている。風に乗った
「君たちの中にも伝染病を恐れて人形を忌避する者がいることは承知しているが、人形の管理業務は我々について回るため、小屋の防火についても勉強してもらいたい」
湖弓が周囲を指しながら言う。
「林を伝って兵舎に延焼した例もあり、現在はこのように小屋周りの樹は伐採することとなっている」
一歩離れた場所でちらちら聞いていた
「一方、独自の取り組みとして、防火力の高い夾竹桃を植えている。見たところ、効果は評価できそうだ。丈夫だしよく育つので、他の燃えやすい植物が茂ることも防げる。ああ、ちなみにこれは彼の提案だ」
湖弓の視線の先に、
「諦めろ。セルロイドは真っ先に燃えているはずだ。もう使い物にならない」
「それならぼくも一緒に燃やしてくれ」
「莫迦を言うな!人形と心中なんて」
「黙れ。彼女たちこそがぼくを導き、祈りを受け止めてくれる
「何を言う、ぼくがお慕いするのは高貴なる石の乙女……」
「気付いていないとでも思ったか、看護師の」――――
遠巻きに見ていた
「何を揉めているかよくわかりませんが、やはり、子供に人形を使わせるのは児童精神学上よくないと思いますね」
「跡地は運動場にでもしたらどうだ。その方が健全な気分転換になるだろう」
「上に進言してみますよ」
夾竹桃の陰に、灼け焦げて表面の爛れた太腿が転がっていた。模倣品の割に存外、本物の火傷と似ているではないか、と
「そもそもセルロイドは南洋の気候に適さないのではないかという議論もあるが、木製は将兵からの評判が頗る悪く、また
遠くでは、湖弓の夜間講義が続いていた。
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